「カット!」
こちらの撮影は撮影部に一任してあって、カットの声がかかると、ほうっと現場が緩む。だが、撮影班のカメラマンもディレクターもいい顔をしてなかった。
「キリーの今の質問さぁ」
しばらくひそひそと語り合った後、プロデューサーがキリーを呼んだ。
「いや、でもそれは、報道記者として生半可な知識ではきてないぞっていう見せどころでしょ。映画の方は使う場所だってストーリーに絡めるんじゃなくて、取材風景として扱うわけだし」
「それにしたって、マニアックすぎたら客は引くよ。もう少しわかりやすいこととかさあ」
「わかりやすいところを取材する記者なんておかしいでしょ。キャラが違うよ。それにマニアックだからってお客さんは引かないよ。駄目だよ、そんなところで手を抜いたら」
真剣に言い合っている撮影隊を見ながらリカは高柳には何も言う様子がない。見かねて藤枝が高柳の傍に行った。
「高柳さん。もうちょっとさぁ。キリーは熱血キャラとしているわけだから雰囲気は盛り上げてくれないと受ける方も困るよ」
「全部アドリブでやるんですから、盛り上がれって言われても困りますよ。それに、さっきのキリーの質問は資料にはなかったですし」
「資料ねぇ……。渡された資料だけで済むならねぇ……」
「現場においては臨機応変ですから、資料がなくてもできますけどね。さっきのだって、間違っちゃいないでしょ」
あくまで非は自分にないという高柳を半ば呆れた目で見ていた藤枝は、それ以上構う気など毛頭ないのだろう。肩を竦めてすぐ高柳から離れる。リカの傍に頭を掻きながら近づくと、腕を組んだ。
「どーすんの。稲葉。ありゃ駄目だぜ?」
「……わかってる」
「わかってるけど、やらせるの、ね」
「もちろんやってもらう」
まっすぐに強い顔で言いきったリカにも肩を竦めてしまう。
そうしている間に、撮影班の方からドラマの時のプロデューサーが走ってきた。
「すみません。稲葉さん」
「はい」
「藤枝さんは問題ないんですが……」
ひそひそと交わされる話はどちらも気をつかって、周りからわざと離れている。それでも藤枝は少しだけ近づいて、耳に入れようとする。
「お願いします」
話の途中でリカが頭を下げたのを見て、はっきりと藤枝の眉間に皺が寄ってしまう。
同じように、慌てたプロデューサーが人のいい顔を歪めて、頭を上げてくれと頼む。
しばらく押し問答が続いたがリカが勝ったらしい。
「わかりました。ここは稲葉さんの顔を立てましょう」
「ありがとうございます!」
ひとまず話が決着したらしく、再び現場が動き始めた。
何度か繰り返しても高柳の態度は変わらない。それには誰よりもキリーが苛立ち始めた。いくら素人で役者ではない、と言っても限度がある。途中から、聞く内容を簡単にまとめ、それの返答を用意することになり、それでもうまくいかずに、テイクを重ねていく。
不機嫌になっていくキリーをみて、撮影班の方のディレクターも不機嫌になる。プロデューサーが間に立って、なんとかとりなそうと努めてくれた。
「キリーと藤枝さん。少し休みましょう!その間に、高柳さんの方の撮影進めましょうか」
同じく厳しい顔をしていたリカが頷くと坂手達がやれやれと腰を上げた。
さすがに場の空気の悪さは察している。少しでもましな状況にするためには、早く高柳の撮影を終わらせるしかない。
「しゃーねぇ。行くぞ」
大津を伴って坂手がスタンバイする。
居心地の悪さは高柳も感じていたが、何が気に入らないのかと思っていた。
高柳はやるべきことをきちんとこなしている。ちゃんとした受け答えもしているし、ほかには何もない。なのに、何が気に入らなくてこう何度もテイクを重ねるのだろう。
入れ替わるまでは高柳はあくまで仮入れの裏方である。
―― まあいいさ。これから俺の番っていうなら見せてやる
そう思ってスタンバイに向かう。撮影班とは違って、高柳がスタンバイできたところで合図を送ると坂手がカメラを構えた。
「こちらはもう一か所に取材現場です。こちらでは……」
今度は先ほどのキリーと藤枝を受ける形で始まる。今度はキリーにわざわざやってもらわなくても藤枝の語りかけで仮入れは済む。
だが、こちらも高柳の対応が変わらない限り、結果は同じことが起きる。大きな問題はない。ただ、どうしても上滑りした平坦さが目に付く。先ほどの、キリーと藤枝の取材風景と比較してしまうのだ。
結局、高柳のカットを減らす方向に動くしかないのは目に見えているが今のところリカがその判断を下さなければ誰も動きようがなかった。
「駄目じゃね?」
「ああ……」
あちこちで密かにささやかれる言葉を聞こえているのだろうに、リカは動こうとしなかった。
付き合わされる空自側も状況は理解しているが、それに口を差し挟む立場にはない。一応控えてはいるが、さすがに時間もだいぶ押してきている。全体の取材において、今日の分が終了するかどうかも怪しくなってきた。
どこで割って入るべきか、広報として比嘉と大祐が様子を伺っていると、その前にリカが動いた。
「すみません。一旦、時間が押してますが、休憩よろしいでしょうか」
その場にいた皆がほっとしたところで、リカはプロデューサー、ディレクターの三人で何かを話し始めた。
キリーはロケバスに戻っていたが、やはり何かが気になるのか車から降りてきて撮影部隊が設置したテントの下に立っている。
「稲葉さん。申し訳ないけど、やっぱり映画の方は高柳さん抜きで行きましょう。あれじゃキリーが納得しませんし」
「そうそう。テレビの方と繋がらないってことになるかもしれないけど、別番組で取材ってことに持ってけばいいじゃん?これ以上、キリーだってさぁ……」
映画の方はひどく苦い顔になっている。午前中に終わるはずの撮影はいまだに完了していないのだ。午後は午後で撮影の予定が組んであり、空自の方へも別な場所での撮影を依頼してあった。
そもそも予定になかった高柳を使うと言い出したのはリカである。どちらかと言えば映画側からは責められる形になっていることには、甘んじて受ける覚悟があった。
キリーや映画の方へは申し訳ないとは思ったが、ここで本気になれなかったら高柳は終わりだろう。
やるだけのことはする。それでだめなら上にも周りにもできる限りのことはやったと言えるはずだ。
悔しい思いをしてまで、高柳を使い、そのために責められてもそれが責任である。
そこにキリーが顔を見せた。