デスクの上に置いて充電器を繋いでいた携帯が震えて大祐は顔を上げた。指先で触れるとディスプレイが明るくなる。
メールマークに【リカぴょん】と出ているのを見て、今度はしっかりと手に取った。
タップして着信メールを開くと、始まりはいつものように『ごめんなさい』だ。
―― いつも気にしないでって言っているのに
空井も相変わらず仕事の時は自前の携帯が活躍している。仕事中にメールや着信など目くじら立てられるようなものでもない。
それでも一応、廊下に出て建物の入り口の方へと向かいながらメールを開いた。
『ごめんなさい。仕事中に。少しだけ電話したいんだけどいい?』
おや、という顔になる。仕事中に電話の予告など珍しい。急ぎなら直接かけてくるだろうから、これはプライベートな電話だろう。すぐに連絡先を開いてリカの名前をタップする。
軽いコール音が少しなってすぐに途切れる。
『大祐さん、ごめんなさい』
「リカ?どうしたの?」
『うん、仕事中に……。あのね。夏休みを交代でとらなきゃいけないんだけど、私、まだ全部はとり終ってないの』
「うん、それで?」
確かに、会社から数日、絶対に取るように言われていた休みが何日かあって、8月の大祐の東京滞在の間に2日ほどは使っていたが、あと3日ほど休みがあるのだった。
『大祐さんにそういうお休みはないのはわかってるんだけど、9月も10月も連休があるでしょ?そのあたりで、その……、もしよかったらなんだけど』
妙に歯切れの悪い言い方にくすっと笑ってしまう。
変に気を使わないで、言えばいいのに。
「だから?」
『私がそっちに行くとか、その、温泉……とか、どうかな……とか思って……』
「温泉?リカと?」
『あの、駄目だったらいいの!私が行っても邪魔じゃなかったらってことだし』
――馬鹿だなぁ。嫌だっていうはずないのに
携帯を持ちかえると、大祐は見えるはずもないのに口元に笑みが浮かんだ。
「うん。いいよ。行こうよ。温泉、それからあとはゆっくり考えようか」
『いいの?!』
「当たり前だよ。連休がいいかな?まとめて休めるの?」
ぐっとリカがますますしどろもどろになる。休みをとれとは言われているが、まとめてとれるかというと、なかなか難しい。
『あの、全部まとめてっていうと』
「りーか」
『はい』
ふふっと電話越しにリカの耳に優しい笑みが届く。
「わかってるよ。連休に絡めて何日かとれるってことだよね。嬉しいなぁ。一番最初の日だけ教えて?ひとまずそこの休みをとるから。あとは、夜に家に帰ってから決めようよ」
『ありがとう。じゃあ、9月2回目の連休のところで1日、いいかな?』
休みの後ろにはすでに予定が入っているが、前ならまだ休めたはずだ。ちょっとまって、と声をかけてスマホを操作するとカレンダーを出してスケジュールを確かめる。
「……連休の前でもいい?」
『ええ。じゃあ、ひとまずそこの休み押さえちゃうね。ありがとう』
「どういたしまして。じゃあ、また夜にね」
じゃあまた、と言って携帯を切る。何日か前に話したときにも、休みをとれと怒られていると言われていると言っていたから、よほどきつく言われたのだろう。
それでも降ってわいたデートの予定に嬉しくなる。
―― デートって……夫婦でも言っていいよな……?
にやつく頬を押さえて、大祐は渉外室へと足早に戻っていった。
浮かれた気分で部屋に帰ってきた大祐は電話が来るのが待ちきれなくて、一度家に帰って風呂にまで入ったのに、ジャージに着替えて家を出た。
軽く走りながら夕飯を買いに出て、家にも戻る。
東京でも涼しくなったとリカが言っていたが、こちらもかなり涼しくなってきた。軽く走ってきたから多少は汗をかいたが、ほんの一週間くらい前から比べたらはるかに違う。
春先は25度くらいになっただけでだいぶ汗ばんだものだが、猛暑の夏を乗り越えた体には25度程度ではかなり涼しく感じる。
部屋に入って、買ってきたものをテーブルに置いて、汗を流しにもう一度シャワーをしに行く。
それでも時計をちらっと見ると、ようやく19時を過ぎたばかりで困ったなぁと思う。
結婚してそろそろ三か月になるというのに何気ない日もこうして待ち遠しい日もある。そんな自分がおかしいんじゃないかとは少しも思わない。
―― まあ、あんまり人に言える話じゃないとは思うけど
自分の奥さんを大好きで何が悪いと思うからだ。
シャワーから出て、濡れた頭をタオルで拭うと、Tシャツにトランクス姿でテーブルに向かった。ビニール袋から惣菜を取り出してぱりぱりとパックを外すと、かぷ、と音をさせてプラスチックの蓋を外していく。
何だか今日は作るよりも手早く済ませて電話をしたい。
じりじりした気持ちで気を紛らわせるためだけに習慣どおりテレビをつけた。
そこに振動音が鳴って、ぱっと携帯を掴んだ。