遅れて、タオルで体を隠しながら中に入ったリカが薄暗い露店風呂の中にいる大祐の傍にゆっくりと入ってくる。
「かけ流しなのね」
「うん。じゃなかったら予約しなかったよ」
「そうなの?」
源泉かけ流しという露天風呂は、絶えず流れる温泉の湯で風呂から溢れた湯は川へと流れるように溝がちゃんとできていた。
躊躇ったものの、かけ流しというのを確かめてからフェイスタオルで体を隠したまま湯に入る。間際で背を向けたリカがタオルを岩の上に乗せた。
「こっち向いてよ」
「だ、だって恥ずかしいじゃないですかっ」
思えば、一緒に風呂に入ったことなどない。温泉だからというのもあって一緒にはいることに頷いたが、薄暗いのがせめてもの救いであって、恥ずかしいことに変わりはない。
「どうして?」
後ろから腕を回した大祐の顔をまともに見られない。
夫とはいえ、堂々と素肌をさらして目の前に立てるほど羞恥心はなくしていないのだ。
「どうしてって……。恥ずかしいものは恥ずかしいんですっ」
「ふうん?」
穏やかにそれだけを言うと、ただ腕に抱きしめただけで、大祐はじっと湯に浸かっていた。
「ねぇ、リカ……」
「は……い」
「いいね。こういうの……」
一緒にいて、二人でいることが幸せで満たされる時間。
寄り添っている大祐に頭を預けたリカが小さく頷く。
「うん……すごくゆっくりしてる気がする。家にいて、大祐さんと一緒にいるのもいいんだけど、たまにはこういうのもいいね」
同意するリカの言葉に、大祐の口元が笑みを浮かべる。ゆっくりと、腕に抱えたリカの首筋に口づけた。
「うん。もっと、甘えてくれたらいいのに」
「私?……たくさん、甘えさせてもらってますよ。大祐さんには」
「そうかなぁ……。なんだか俺の方が甘えてる気がする」
「それもいいじゃない」
預けていた頭を少しだけむけて大祐の方を振り返ると、それを待っていたとばかりに大祐が口づける。唇と、互いに啄むようにキスを繰り返していると、大祐の手が抱きしめていたリカの胸に触れた。
「んっ……」
「ほら……。きっとこういうことをするのは俺達だけじゃないだろうから、かけ流しじゃなかったら来なかったよ?」
「何言って……っ!」
湯の中で柔らかな胸は重力から解放されて、大祐の手の中に納まっていた。
慌てたリカが腕から抜け出そうとするが、キスと、掌に囲い込まれて逃げるに逃げられない。
「だって、やっぱり、ねぇ?」
「やっ、こんなところで!」
―― 誰かに聞かれでもしたら……
恥ずかしいどころではない。そう思うと、余計にまずいと焦ってしまうのに、宿に着いた時のように、翻弄されてしまえば逆らえなくなる。
その前に、大祐には踏みとどまってもらわなければならなかった。
だが、予想を裏切って、あっさりと大祐はリカから手を離す。
「そうだね。やめとく」
ほっとしたものの、妙に引き際のいい大祐が気になって、少し離れたところに座りなおしたリカが振り返った。
「珍しい。大祐さん、いつもなかなか止まってくれないのに」
「そうかな?でも、こんなところじゃさすがにしないよ。だって、ほかの男が入ったかもしれないのに」
「えっ?!そこ?」
「そうだよ!だからさっきからかけ流しでよかったって言ってるでしょ?じゃなかったら、また男湯と女湯が分かれたほうにいってるよ」
堂々とそういいきった大祐に喜べばいいのか、呆れればいいのかリカもわからなくなる。それだけ大事にされていると思えばいいのか、こんな露天風呂で事におよばないことを喜べばいいのか。
「大祐さんって……」
「ん?」
「実は結構……」
嫉妬深いというのか、束縛系といえばいいのか。
結局言い出しかねて、リカはのぼせるからと先に風呂を出ることにした。
本来、酒をのんでから温泉に入るのはご法度だろうが、二人とも酔うほどは飲んでいないということで、露天に入ったのだが。
「ふう……」
やはり酔いがまわっているのか、のぼせそうだと思って先に風呂をでたリカは、浴衣を身に着けた。後を追う様に風呂を出てきた大祐が浴衣を身に着けると、椅子に座って待っていたリカと共に小さな露天風呂を後にした。
素直に部屋に戻るのもつまらないと言って、ラウンジで少しだけ飲むことにする。
浴衣で、帰る時間も気にしなくてよくて、ふわふわした気分で、リカは素直に酔った。
「すごいなー。夢見てるみたい」
「なにが?」
目元が薄らピンクに染まっているリカの顔をちらりと見た大祐がカウンターでリカが座っている椅子を自分の方へとすこしだけ向ける。
浴衣の胸元が少しだけ緩んできていて、酔っ払いだからか、堪らなく色っぽい。それを他にも男だけで飲んでいるグループや、親族同士なのか飲んでいる年配の男性陣からも遮る様にしたかった。
「だって、一緒にこういう風に過ごすことなんかないと思ってたんだもん」
まとめていた簪を引き抜いて、肩までの髪が広がっている。
久しぶりに髪をまとめていたからふわりとくせがついてくるくるとした髪が気になるのか、何度もかきあげて耳にかけす仕草が幼く見えた。
普段よりも舌足らずのような話し方のせいもあるのかもしれない。
―― 食べたいくらい可愛いと思ってるなんて知ったら呆れるかな……
所詮、男なんてそんなもんです、と思いながら目の前で幸せだと笑うリカに頷く。
「そろそろ部屋に戻ろうか。だいぶ、酔ってるでしょ」
「酔ってないよ。まっすぐ家まで帰れます」
「それが酔ってるんだってば」
会計は部屋につけてもらうことにして、まだ平気と言い張るリカを連れて部屋へと戻った。