未完成ロマンス 14

息が落ち着いてきて、酒も抜けて欲情の熱も抜けて行ったあとは素に戻る。
肩肘をついて起き上がった大祐が、自分の始末をつけてリカに手を伸ばした。

「きゃっ、い、いいですっ!自分でしますからっ」
「だって、まだ起き上がれないでしょ?」
「だだだだ、駄目っ」

慌てたリカが浴衣をかき寄せて身にまとう。起き上がりかけたリカが、かくん、と倒れそうになって、それを腕を伸ばした大祐が支えた。

「大丈夫?」
「だ、だいじょぶっ」

ぎゅっと目を瞑った、リカが赤い頬のままで俯いてしまう。酒が抜けて、舞い上がるような熱も抜けていくと、我に返って急に自分の振る舞いに恥ずかしくなったのだ。

「あ、わ、私、お風呂にっ」

慌てふためいたリカを背後から抱きしめる。

「リカ」
「は……い」
「愛してる」

腕に抱えたリカから早い鼓動が伝わってきて、困ったなぁと思う。

―― なんでこんなに可愛いかなぁ

きっと、自分が言ったことや、したことに恥ずかしくなって、そこに愛していると言われて、照れまくっているのだろうと、いくら鈍い大祐にも想像がつく。

「可愛い」
「かっ、可愛くないですっ。だって、すっ、す、好き……も、素面じゃちゃんと……言えないし」
「じゃ、こっち向いて」
「むむむ、無理っ!今は無理っ!」

恥ずかしくて、手近にあった枕を掴んで抱えたリカを体を捻って向かい合う。涙目で枕に顔を伏せてしまった頭をとんとん、と指先で叩いた。
軽く浴衣を羽織っただけの大祐の肌蹴た胸元がますます、つい今までの熱を思い出されて、恥ずかしさを倍増させる。

「なんで?」
「~~……っ、今は、も、ほんとに」

両手でリカの頬を包み込んだ大祐がすくいあげるようにして鼻先に軽くキスして間近から顔を覗き込んだ。

「恥ずかしいの?」
「……意地悪っ」
「意地悪じゃないよ。可愛くて仕方ないんだよ」

目尻に滲んだ涙を頬を押さえた指で拭う。その大祐から逃げるように視線を外す。

「だからっ、可愛くない……っ」
「可愛いってば。素面じゃ言えないって、言ってくれたでしょ?」
「そんなの、だって、あの、す……」
「す?」

堪えてもこらえきれずに口元が歪んでしまい、目が笑っている。

「す……、じゃなくて!ちゃんと言えないし……」
「じゃあ、言って?」
「いっ……!す、……だ、……い好きですっ」

絞り出すように、というより、半ばやけくそ気味に叫んだリカを、やった!と、嬉しそうに笑って大祐がぎゅっと抱きしめる。

「もーっ、リカーっ!!大っ好きですよ!」
「だっ、大祐さんっ」
「絶対、絶対、離しませんからっ!!」

ぱっと手を離した大祐が正面からリカの顔を覗き込んだ。揺れるリカの視線を捕らえる。

「リカが何を不安に思うのか、わからないわけじゃないよ。俺も同じ。リカの傍にはもっと、俺よりもふさわしい男がたくさんいると思うんだ。それに、今も、これからもこんな離れた場所にいて、いつも傍にいるわけじゃない。いつか、俺みたいな男、愛想尽かす日が来るかもしれないけど、でも、俺は絶対にリカを手放すことはもう二度とないから!」
「……大祐さん」
「それにね」

大事なのは、結婚したことではない。
大祐の顔に、自然と笑みが浮かんでくる。ここに来てから、大祐は幸せだと感じているばかりで大事なことを伝え忘れるところだった。

「俺とリカは、恋人で、夫婦でいいと思う。ずっと俺の彼女で、奥さんで、大事な人なんです。結婚したから妻とかそういう肩書しかなくなるんじゃない。恋人のリカも、奥さんのリカも、ばりばりのリカも全部リカの中の一つの顔でしょ?」

―― それじゃ、駄目?

まっすぐな目がリカの中の不安まで見透かして。

その目を見ていると、ああ、空井わんこの目だと思う。

「じゃあ、……空井さんで、大祐さんで、私の旦那様ですね」
「うん。稲葉さんで、リカさんで、可愛いリカです」

ふふ、と微笑みあった後、はっと我に返ったリカが浴衣の前をかき寄せる。

「ああああっ、あの、私、お風呂に」
「行くの?」
「だ、だって……」

大祐の目の色が変わって、雰囲気が男のものに変わる。ぎゅっと胸元を押さえていた浴衣の隙間にするっと手を滑り込ませた。浴衣の肩先から素肌が覗いて、そこに大祐がちゅっと口づける。

「今、行っても無駄だよ?どうせ、朝にはもう一度行くことになるから」
「ん……むっ!」

本気のキスは、それだけでその先まで記憶と感覚を思い出させる。繰り返された感覚を思い出して、ぎゅっと浴衣を押さえていたリカの手から力が抜けた。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です