「いたた……。もう、そんな顔しないで」
肩を外した。
一瞬、なにが起きたのかわからなくて、痛いよりも衝撃が大きくて、痛いと思ったのは大分後になってからだ。
無事に撮影が終わってから、うまく腕が動かせなくて、痛いんだとわかったら、慌てたスタッフさん達に取り囲まれた。
専任のトレーナーさんがすぐに見てくれて、応急処置だと言って、肩を固定して冷やされる。
その後、病院に行って、方が外れています、と言われたのには驚いた。
「だって、そんなに簡単に外れるなんて思ってなかったんだもの」
家に帰ってきてから、ほとんど大祐さんは口を開かない。かわりに黙って、淡々と家事をこなしている。
「大祐さんだって、怪我、たくさんしたでしょ?」
「男はいいの。元々仕事で打撲なんか慣れてるし」
ぴしゃりと言い返される。
心なしか、荒っぽい包丁の音に、肩をすくめた。
「もう終わったんだし、それで言ったら、大祐さんだって足撃たれれたでしょ」
ぴた。
一瞬、包丁の音が途切れて、からまた続きだす。
―― 私だって心配だったけど、反対側の足だったし、本当に撃たれてるわけじゃないってわかってても、あんな姿見たら生きた心地しなかったんだから。
その場に自分はいなかったけど、どういうシーンかはわかっている。
直視できる自信がなかったから離れたところで見ていたけど、ついつい自分の腕に爪を立ててしまって、見せられない二の腕になっているのは内緒だ。
「……だから、何もいってないでしょ」
「言わなくても大祐さん、顔にも態度にも出てるってば」
苦笑いをして両手で顔の横に手を当てると、おーい、と呼んだ。
「大祐さーん」
「……それ、最後の歓送迎会誘うとこでもやったでしょ」
「え?」
これ、と顔の前に両手を添えて呼びかけた時のポーズを繰り返す。
―― なんだ、そんなこと。
そういえば、呼びかけるときのクセかもしれないな、と思っていると、大祐さんが何だか微妙な顔をしている。
「それがどしたの?」
「……役じゃなくて、リカだって思いそうになった」
―― ああ……。それはね……
だって、それは大祐さんに呼びかけるんだもの。
いつもみたいにしたいじゃないですか。仕事は仕事だけど、そこは人だからね。
「……だから、やばかった。あんまり顔、見られなくて」
「えぇ?そういう理由?」
「……うん。いつもとテンションが違って、ちゃんとイルマなのに、リカだったから」
どこか落ち込んでいるような、複雑な顔なのは、きっと本人も納得いかないけど、つい反応しちゃったからなんだろうな。
しばらく首筋に貼ってた絆創膏はとうに剥がした。
大祐さんは、ちょっと気難しい顔がくせになっちゃったみたい。
本当は、まんぷくでの歓送迎会だってすごく盛り上がってたのに。打ち上げの間だって、ものすごく楽しそうに飲んでたくせに。
“リカはあんまり遅くまでいなくていいよ!”
すごい我儘だなぁと思ったけど、やっぱり体もきつかったから早めに帰らせてもらった。
キッチンに回って、とん、と背中から片腕で抱きしめる。
「もう終わったんだからいいじゃない」
「……まだ映画があるでしょ」
「それは公開来年でしょ?あ、比嘉さんが別な仕事のほうの、ラジオに来てって言ってた」
「また?!……あの人はもー……」
くっついていたら少しだけ機嫌が直ったらしい大祐さんの顔をしたから覗き込んでみる。
ん?と眉が上がって眉間に刻まれていた皺が無くなった。
「大祐さんだ」
「そうだよ?」
「私、ライフルうまかったでしょ?」
「……柚木さんがほめてたよ?」
自分の感想はなかなか言ってくれない大祐の脇腹をちょん、とつついた。
「うわっ!」
すぐに大祐から離れて逃げ出したリカがあはは、と陽気に笑った。
――end