「あいつはね。ああ見えて不器用だからね」
「どういうことですか?」
「んー。そうだな。非常にデリケートかつナイーブな話ってとこかな。稲ぴょん、できればその話、触れないでやってくれる?」
鷺坂の“お願い”だと察したのはその場にいた全員だ。わかりました、と肩までの髪を揺らしたリカが頷くと、いくらもしないうちに大祐と片山がそろって現れた。
いち早く店員の声に振り返った藤枝が、現れた二人を見上げる。
「あれぇ。空井君と片山さん、一緒だったんですか?」
「ええ。そこの駅で一緒になって……うわっ!」
先に座敷に上がりかけた大祐の襟首を掴んで後ろに引き戻した片山が大祐を押しのけて先に座敷に足をかけた。
「おっ前、稲ぴょんに会いたいからって俺様を差し置いてんじゃねぇ!あ、室長ご無沙汰してますー」
鷺坂以外には結局なんだかんだと会っている片山の挨拶に、鷺坂は、いつも通りの呆れを滲ませて頷いた。その後ろで、バランスを崩しかけた大祐が柱にぱっと手をかけて何とかバランスを保った後、文句を言いながら座敷に上がってくる。
「ひどいですよ。片山さん。どうせ、一人じゃ気まずいから僕のこと駅で待ってたくせに……」
「てめ!空井!何、言ってんだ。でまかせいうんじゃねぇよ」
「事実じゃな……!」
事実じゃないですか。
本当は、駅の改札を出たところで、ビジネスバックを片足に乗せるようにして、その長身が出待ちしていた時には片山と思わなかったくらいだ。通り過ぎかけて、それが片山だと気づいたくらい、気まずそうにそこに立っていたのだ。
大祐が驚いていると、一人で顔を出すのは、なんだか気恥ずかしいだろうと言って大祐を待っていたのだと言うが、それは明らかに片山がそうなのだと読み取れた。
比嘉から薄らと話を聞いていた大祐は、肩をすくめてここまで二人で歩いてきたのだ。
それを見栄っ張りな片山のひどい言い草で転びかけた大祐に手を伸ばしたリカが袖口をくいっと引っ張った。目を向けた大祐に、口元に指先を当てたリカが、くるっと目を向けて頷く。
―― えっ。何?
そう思った大祐がリカの隣に回ると、場所を譲った藤枝が比嘉と片山の間に移動する。
遅れてきた彼らのためにと、早々と1杯めのグラスが空いてしまった者たちが次々とオーダーしている間に、リカはひそひそと大祐に耳打ちをした。
眉を上げた大祐が眉を上げたものの、小さく頷いたことを片山は視界の隅でとらえている。
仲睦まじげな二人の様子に大きくため息をついた。
「深いっすね。片山さん」
「藤枝ちゃん。こう見えて俺も色々あんのよ。ほら、なんていうの?隠しても滲み出る男の色気っての?もうだいぶ前に乗ったってのに、いまだに見合い希望の手紙やメールも来るしさ。ま、俺様ほどの男なら?しかたもないっていうことなんだけども」
「またまた。片山さんかっこよすぎて応募する女子の方が気おくれしちゃってるんじゃないですか?」
「だろう?そう思う?俺のことをわかってくれるのは藤枝ちゃんだよー」
わかりきった小芝居ではあったが、おちゃらけた片山らしいやり取りに、生暖かい笑みを浮かべた比嘉がぼそりと呟いた。
「いまだに見合いの応募が来るのは確かですが、片っ端から釣り書を送る様に言ってドン引きされてるのも事実ですよ?」
「釣り書?釣り書ってなに?」
酒には強いがすぐに顔に出てしまう槇が、素直に問い返した。
比嘉が、くるりと振り返ってそれはですね、と説明を始める。
「こう見合い写真と一緒に交わされる、家族構成や趣味なんかが書かれた要するに、プロフィールみたいなものです」
「へーえ。でもさ、見合い希望ってくるんだからそういうのは普通書いてくるんじゃないの?」
「いえ、雑誌掲載の応募ですし、必要最低限の情報は書いていただいているので、改めて釣り書として書けと言われても、皆さん困ると思いますよ?」
じゃあ、なぜ、わざわざそんなものを後から欲しがるのかと、当然聞かれそうな問いではあった。