「あいつはね。ああ見えてものすごく女性には気を使うんだよ。モテるモテないじゃなくて、やっぱり離れているとうまくいかないことも多い。そのせいで、ひどく臆病なんだよね」
「片山さんが、ですか?なんというか、以前、合コンの姿を見ましたけど、かなりぐいぐい行って逆に引かれてましたけど」
「それはさ。こういう男所帯だから、どーしても駄目なんだよねぇ」
あれがねぇ、と思いながら疑いのまなざしを向けていると、鷺坂は苦笑いを浮かべた。
「あの通り、あれは不器用だからね。きっと今の子はそれをどうにかしてくれるんじゃないかと思ってるんだけどねぇ」
「私には、そうは……」
「そうだね……。稲ぴょんにはわかんないだろうなぁ」
普段ならかちんと来たかもしれないが、そのしみじみした口調にリカはわからないことが悪いことには聞こえなかった。ただ、鷺坂が彼らのことを本当に心配していることだけは伝わってくる。
「私にはわかりませんが、鷺坂さんが思うとおりにならなかったこと、ないと思います」
リカの精一杯の言葉に、鷺坂は小さくつぶやきながら酒を口に含んだ。
「……そうだといいねぇ」
なかなか戻ってこなかった片山がひどく動揺しながら戻ってくる。顔色が悪いと思っていると、座敷に上がりかけて一度、躓いた。
「あぶなっ!片山さん、もう酔ったんですか?」
「あ、いや……。その、あれだ。ふ、藤枝ちゃんが変な電話とかするから?ちょっと、よ、用事ができた」
「えぇっ?!片山さん?」
すでに違う話題を槇と藤枝の間で話していた大祐が目を丸くしている間に荷物をかき集めた片山は誰とも視線を合わせることなく、立ち上がった。
「比嘉、悪い。後、あと、頼む。すまん」
そういって、片山は上着も鞄もあたふたとかき集めた姿で店を出て行った。気の抜けた返事で、とうに店を出て行った片山に向かって、比嘉は、はーい、と答えた。
両手を後ろについた藤枝は、隣にいる空井と向かいにいるリカを順番に見る。
「じゃあ、そういうわけで今日は解散しときます?別居婚の夫婦も久々に顔を合わせたんでしょうし」
えっと、空井とリカが顔を見合わせていると、周りはすぐに頷いた。
「そうですね。また落ち着いたらゆっくりと」
比嘉も槇もすぐに帰り支度をはじめて、藤枝が遅れてきた分のお代を払いに行く。
まだいいのに、と思いながらつられてリカと空井が帰り支度を始めた頃、片山は慌てていた。
―― なんで、藤枝ちゃんは余計なことを言っちゃったかな!!
片山の頭の中はそれでいっぱいである。京が、片山の泊まるホテルに来ると言っていたからだ。
電話をかけてきた京は楽しく飲んでますか、から始まった。
『今夜、和君が泊まるのはどこ?』
「や、なんで?ちょっと今まだ飲んでるところだけど」
いつもなら、こんな風に飲んでいるとわかっている時には、この三か月、一度も電話してきたことがなかったのに初めてかけてきた電話に初めは出るつもりはなかった。それは片山のポリシーのようなもので、仕事以外の電話なら飲んでいる時にほかの人間からの電話にはよほどのことがなければ出ない。
だから一度目は無視したのに、なり続ける電話に藤枝が出てしまったのだ。
それも挨拶だけではなく勝手に止まるホテルまで教えてしまった。
別に隠しているわけではないが、気を使わせることが嫌で、今までは黙っていたのに、どうして教えてしまったのかと思う。
京の方がホテルには近い。実家は出ているものの横浜で一人暮らしをしている京の家に迎えに行くのが楽なようにホテルを押さえていたことが裏目に出てしまう。
電車が一番早いからと、乗り換えの少なくて一番早く着く電車に乗って、それでも苛々と腕時計を眺める。
『私も和君のところに一緒に泊まるので、お部屋、変えてもらっておきますね』
「えぇ?!や、ちょっと待って。何言ってるの。京さん、いきなりそんな……」
『もうお部屋に荷物を置かれていたらそれも運んでおきますね』
この三か月、一緒にいた時間はそれほど多くもないが、それでも時々京が人の話をきいているようでいて、強引に話を進めようとする時があることもわかっている。我儘を通したいのか、それとも天然なのかよくわからないが、長々と電話のやりとりをした挙句に押し切られてしまった今、片山にできるのはとにかくなるべく早く泊まり予定のホテルにたどり着くことだった。