片山がホテルにたどり着いた後、フロントに出向くとすでに片山の部屋はツインに変更したと言って新しいカードキーを渡された。
「お連れ様はすでにお部屋の方へ」
「あー……。そうですか」
すでに遅し、と新しく変わったという部屋へと足を向けた。部屋に入る前にベルを鳴らそうか迷ってから、ドアをノックする。
しばらくして、部屋の中で動く気配がして、ガチャリとドアが開いた。
「おかえりなさい。和君。そんなに急いで帰らなくてよかったのに」
「そうはいかない……。じゃなくて!なにやってんの?こんな無茶」
「無茶じゃないでしょ?遠距離中の彼氏が来てくれているのに、一緒に泊まるのは変?」
そうじゃなくて、とドアを開けてすぐのところから部屋に戻っていく京の後を追ってぐっと広くなった部屋に入る。
―― なんていう……、やる気に溢れた部屋だよ……
そこにある展開に頭を抱えそうになった片山は首を振って、両手を上げた。
「じゃなくて!その……明日会うんだし……」
「そうじゃないでしょ?とにかく、座りましょ?和君、上着も着たままだし」
そういって、京は少し背伸びをして片山の肩に手を伸ばす。その手を払うようにして片山は京の手を掴んだ。
「いや、だから」
そうじゃないだろう、と言いそうになった片山に、まじまじと向き直った京はいつもと変わらない、きれいな化粧をした顔で髪もふわりといい香りがする。
一瞬、気を取られていると、にこっと笑った京はずいっと片山に一歩近づいた。
「和君は、結婚を前提に私と付き合ってるんじゃないの?」
「……え?」
―― はい?なんですって?
こういう時に本当に男は女の回転の速さについていけなくなるんだと思ってしまう。
いきなり話が飛んだ気がして目を丸くしていると、京の顔からすうっと笑みがひいた。
「私、和君が乗った雑誌を見て彼女募集に応募したけど、それから三か月。和君は私と本当に付き合いたいと思ってる?」
「や、それは思ってるよ。思ってるけど」
「思ってるならどうしていつまでもそんな風に遠慮してるの?気を使って、他人行儀で、いつもここまでって線を引かれてるみたい。私、そんなにつまらないの?」
「そんなことは思ってないって!」
可愛くて、小柄で、今まで片山が付き合ってきた彼女たちの中でもぴか一の京に不満などあるはずもない。
在るとすれば、今現在も離れた場所に住んでいて、3年ごとに転勤して歩く。そして、有事には傍にいない。気の利いた事も言えないし、センスもいいとは言い切れない。
京の働いている都内の大きなオフィスビルの中で、大手企業にはもっと男前でセンスが良くて気の利いた男が山ほどいるはずだ。
強気な発言とは裏腹に、片山は傍目に見えるよりもはるかに冷静に自分を見ていた。
「つまらないなんて思ってないって」
「じゃあどうしてそんな風にいつも線を引いたみたいに私に接するの」
「大事に思ってるだけで、そんなわけじゃ……」
掴まれていた手を振り切って、京は片山に無理やり抱きついた。
「あ、あの……ね?」
「私、手を出す気になれないほど魅力ないですか?」
―― なわけないだろっ!逆だっつーの!!
付き合った彼氏がいてもなかなか実家暮らしでは関係が進まないまま、別れてしまうことばかりだと京から聞かされていれば、確かに簡単に手など出せはしない。
だからこそ、せいぜいキスどまりでどうしていいのかわからなくなっていたのだ。
片山の頭の中を知らない京は、そのままぎゅっと抱きついていた片山の背に手を回してジャケットの内側に触れる。
「本当に私と付き合いたいんだったらちゃんと付き合ってください!他人行儀じゃなくて!」
―― やべぇ……
片山が抱えていたもやもやも吹き飛ばすような京の勢いに完全にノックアウトされた気がした。