その男、片山 8

なかなかシャワーの音が止まらないことにようやく我に返った片山は、不安になってそうっとバスルームの入口をノックした。

「あのー……大丈夫?」

声をかけた直後にぴたっとシャワーの音が止まる。
バスルームの中にバスタオルもフェイスタオルも置かれてはいるのだが、しばらくした後、しん、としているのが気になって、ほんの少しだけ洗面に続く引き戸を開けてみた。

「あ、あ!!」
「えっ?何?」

待ってと言おうとした京の反応を誤解した片山が、僅かにあけていた引き戸を思い切り開けた。バスルームのドアを開けて、バスタオルを巻いた姿の京がその場にしゃがみ込む。

「待ってって言おうと思ったのに~!」
「……はい?」
「だって、だって……。めちゃくちゃ恥ずかしくてどんな顔すればいいかわからなくて……」

がくっと、京と同じようにその場にしゃがみ込んだ片山は、はーっと深く息を吐いた。

「……ったく、心配させんなよ」

ぼそっと呟いた後、しゃがみ込んだ姿勢のまま、カニ歩きもいいところで京の前まで移動する。真っ赤になって俯いていた京の顔を覗き込む様にして、両手で変顔を作った。

「どんな顔ってこんな顔?」

ぱっと目を合わせたあと、目いっぱいの変顔に思わず京が吹き出した。

「やだ!ひどい顔!」
「ひどい顔はないでしょー。京ちゃん」

あはは、と笑い転げている京の手を取って、立ち上がらせるとにっと笑いながら抱き締めた。ぽんぽん、とその背をあやすように軽く叩きながら、その肩に傍に置いてあった浴衣を乗せる。

「気取るなって言ったのは京ちゃんの方デショ?それより、しんどくない?俺もさぁ。京ちゃんがガンガン、煽ってくるからもうネジ飛んじゃったからねぇ」
「あ……、うん。なんか変な感じ。和君っていっつも眉間に皺寄せてるんじゃないのね」
「あったりまえデショ。ほら、男前はどんな顔でもいい男だから」
「もしかして、頑張って格好つけてたの?」

再び笑い出した京に澄ました顔でまあね、と言った片山は少し濡れた京の髪を撫でて額に一つ、キスをする。

「風邪、引いちゃうから着替えておいで」
「ん。わかった」

くるりと背を向けた片山は、その場から離れることもなく、思い切り開いたままの引き戸に寄り掛かる。

「えぇっ!着替えておいでって言っておいてそこにいるの?」
「だーいじょうぶだって。今は襲わないから。はい、今限定だからさっさと着替えた方がいいよー」
「えっ、嘘っ!」

片山が背を向けているのを確かめてから大慌てで、服を身に着けた京が浴衣の紐を結び終わったと、顔を上げたところを背後からばふっと包み込まれる。

「きゃーっ。う、後ろ向いてたのに!」
「後ろ向いてましたよぉ。着替え終わったからもういいじゃ~ないのぉ~」
「いや~だ~っ。もう、おかしいよ、和君。笑い皺増えちゃう~」

その身長差を考えればどう考えてもそうはならないはずなのに、無理やり背中側から抱きしめて、二人三脚のように部屋に向かう。冷蔵庫の前で飲みかけの水に手を伸ばす。

「飲む?」
「温かいのがいいかな」
「なんだ」

少し拗ねた声が面白くて片山の両腕をぎゅっと掴んで、軽く揺さぶる。

「温かいのがいい」
「しょうがねぇな」

頭越しに腕を抜いた片山がお茶のセットがあるところに近づいて、カップをひっくり返す。

「コーヒー?お茶?」
「お茶がいいです」

甘えたつもりで応えた京をくるっと片山が振り返る。
急に振り返った片山に目を丸くした京に向かって、ひょいっと背を屈めて顔を覗き込む。

「“いいです”?何?それ」
「えぇ?駄目?」
「じゃなくて。急に~ぃ?いいです~ぅ?ねぇ~?京ちゃん~?」

右に、左に顔を振りながら迫ってくる片山が面白すぎて、笑い出してしまう。

「やだもう!京ちゃんって、もう呼び方変わってるし」
「いいじゃ~ないのぉ~?」
「駄目じゃないからノれない~」

けたけたと涙が浮かぶくらい笑い転げている京を前に、どうだ、と満足気な片山はカップに湯を注ぐ。ティーバックを落として湯の中で泳がせた後、に京に向かって差し出した。

投稿者 kogetsu

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