リカが取材した三日後。今度はリカのハンディカメラを持った藤枝が、西村のもとを訪ねていた。
「藤枝さん?」
「どうも。今日は稲葉と交代です。俺にも手伝えって、あいつ人使い荒いんですよ」
「あ、同じテレビ局ですもんね。お知り合いなんですね」
受付で入館手続きを済ませた藤枝のところに現れた西村が、目を丸くして現れた。
一度は、プライベートで食事をした相手だけに、微妙な照れくささがあったが、仕事は仕事。あの時とは違う顔で藤枝はカメラを取り出した。
「稲葉は同期なんですよ。そんなのもあって、一緒に仕事をする機会も多くて。ほら、あいつガツガツしてるんですぐに人のこともひっぱり出すんですよ」
そういう藤枝に、意外そうな顔で聞いていた西村が、髪をまとめていたクリップを外した。
「うらやましいですね。私、中途採用なのでそういうのに憧れます」
「西村さんは、中途なんですか」
「ええ。派遣で入って、それから社員になったんです。その前も同じコンピュータ関係なんですけどね」
カメラを回し始めた藤枝の前で、西村は俯きがちに話し出した。
こちらへ、という西村に続いてフロアへ向かうエレベータに乗る。高層階用のそれは、扉が閉まると、鏡のように中に乗っている西村と藤枝の姿を映し出す。
「この前もこのエレベータに乗りましたけど、結構恥ずかしいですよね」
カメラを構えた自分の姿が鏡に映るというのはどうにも落ち着かない。
苦笑いを浮かべて、階数を見上げた西村が、ドアの前に立つ。
「慣れですよ。たくさん乗ってるときは恥ずかしいんですけど、日中はあまり乗り合わせること、少ないので」
ぽーん、という音で開いたドアから西村がおりると、それに続いて藤枝も下りる。この前も同じフロアで下りて、ドアの向こうに入った。
セキュリティカードでドアを開けた西村は、藤枝を待って自分の席へと戻る。
西村の席の傍には、予備の椅子が置かれていた。
「こちらへどうぞ。稲葉さんから伺っているかと思いますが、私たちの画面は映さないでください。お客様の情報にかかわります」
「わかってます。いつも通りになさってください。ほかの皆さんに話しかけても?」
「それは……、あまり業務の妨げにならなければ」
もちろんである。取材と言っても彼らの日頃の姿を知りたいのだ。
デスクに戻って、手の中で転がしていたクリップを机に置いた後、PCの画面を見た西村がメールを読み始めた。いくらか慣れたのか、初めに取材に来た時よりも自然である。
読み始めた途中から返信ボタンをクリックして、読みながら返事を書き始めていた。
周囲のデスクに座る、男性スタッフにもカメラを回す。ゆっくりと映していくと、視線がそれを追って、皆にこっと笑いかけたり、興味深そうな顔を向ける。
端の席の男性にそっと近づくと、藤枝は声をかけた。
「少しお話聞いてもいいですか?」
機関銃のようにキーボードを叩いていた二十代半ばくらいの男性が、頷いて手を止める。
「嬉しいな。藤枝さんでしょ?昨日の女性ディレクターさんも美人だったけど、やっぱりテレビに出てる人が来るとテンションあがるなぁ」
「ありがとうございます」
「で?今日も同じ取材なんですか?」
普通に少しだけミーハーでも実は腕が立つのか、西村からは指示を一番受ける席に座っていた。机の上にはPCにつなぐタイプの小さな扇風機と、ティッシュの箱。それにコーヒーの缶がある。
帝都テレビのように雑然とした机とはかけ離れていた。
「西村さんについてお話を聞かせてもらえますか?えーとあなたからは上司?なんですかね」
「そうですね。俺は草野と言います。西村さんは俺らのリーダーで、チームを引っ張ってます。俺は、チームの中でもシステムよりの仕事をやってます」
「なるほど。女性のリーダーさんはそんなに多くないと伺いましたけど」
うんうん、と頷いた草野という若い男はコーヒーに手を伸ばすと、こく、と飲んでからマウスを操作する。
表示していた画面を切り替えて、社内のシステムらしい画面を開くと、組織図らしいものを見せた。
「うちもいろんな部署があるんですけど。コンテンツソリューション部って言っても、色々なんすよ。コンテンツってついてるんだけど、要はPC使っていろんな会社の部署の仕事を効率化するっていうのがメインなんで」
「つまり、メールとか?」
「いや……。そうだな。藤枝さんのとこだったら、ツイッターとか、SNSの情報も見るでしょ?そう言うのを一つのソフトで検索できたら楽じゃないですか。そういうソフトを作ったりしてるんです」
なるほど、と頷く藤枝にもその仕事の中身はもやもやとしていて、はっきりイメージできているわけではなかったが、ひとまずは頷いてカメラを回す。
「うちはそういうチームの一つで、割合大きな会社を相手にしてる方ですね。単発じゃなくて、顧客相手で、継続した仕事をやってるんです。そういうのはリーダーの腕で結構、変わってきて、西村さんはお客さんの信頼、厚い方じゃないかな」
「そういうのは一緒に働いてて、実感します?」
「もちろん。なんていうかな、女性だけど思い切りいい提案もするし、何かあっても絶対俺らメンバーを守ってくれるっていうか、ちゃんと責任もって見てくれるんですよ」
話を聞いていると、阿久津にも近いなと思う。部下のことをきちんと見ていて、とるべき責任はきっちり取る。下に責任を押し付けてすぐに弱腰になるような上司ではないらしい。
片膝をつくようにして草野の席の傍にしゃがんでいた藤枝は、その斜め向かいの席にいる男へと近づいた。
「すみません。お話よろしいでしょうか」
「はい」
こちらは三十路だろうか。銀縁メガネにきっちりした髪型は営業マンのような姿で、先ほどの草野は割合ラフな格好をしていたのに、こちらはスーツ姿である。
膝の上に手を下ろすと椅子を回して藤枝の方へと向き直る。
「私は上林と申します。草野君と同じく、システムよりですが、どちらかというと経理とかそういう業種に強いです。西村さんの下は、えーと、3年になりますね」
「3年!……長いですね」
「そうでもないです。3年て言うと長く聞こえるかもしれないですけど、システムとかモノによりますけど2年から3年のサイクルなんですよね。だから、言うほど長くは感じないんですよね」
淡々と答える姿に、なるほど、と頷く。上林が手帳から名刺を取り出して藤枝に差し出した。カメラを構えたまま、片手で受け取る。
「僕らは、この部署の中でも目を引いてる時期なんで、取材も来るんですねぇ」
「目を引いているというと?」
「社内でも大きな仕事をやってますから」
話を聞いて、屈んだ藤枝は仕事をしている人々の邪魔にならないようにひっそりと移動する。時間は限られていて、藤枝は夕方には戻らなければならなかった。
西村の傍には報告に立っていたほかのスタッフが何か難しい話をしているらしい。
「それで?」
「あとは西村さんに相談かなと……」
「ふうん。で、どうしたいの?どうしたらやりやすい?」
何やらトラぶっているらしかったが困り顔のスタッフとは違って、西村はそれまでと同じ顔、同じ口調で淡々と話していた。
「実作業は私がするわけじゃないから、やりやすい方法があったら教えて、できないならどういう手助けがあったらできるのかも教えて?」
「それは……自分が決めていいんですか?」
「決めるんじゃないですよ。相談です。どんなことでも私が勝手に決められることは限られてるし、場合によっては部長に話をあげなきゃいけないのもあると思うし。落ち着こう。今慌ててもできることは一緒だから相談しよう」
周りはなぜかそれが当たり前なのか、慣れた光景なのか、誰も助け舟も出そうとはしない上に、隣のシマからは冷笑が向けられていた。