「藤枝」
「おう」
番組の終り、50分過ぎに短いニュースが入ることがある。その放送を終えてスタジオから出たところに珍しくリカが待っていた。わざわざ、報道フロアまで来ることは滅多にない。かつて、自分が身を置いていたという気まずさがあるのだろうが、そのリカが待っていたのだ。
「この前のあれ、ありがと」
「この前?」
歩きながら聞き返すと、これ、といって、胸に抱えていたあしたキラリの企画書を見せて寄越した。
それか、とようやく思い出す。藤枝もリカも抱えている仕事がいくつもあるだけにアレやソレで話が分かるときとわからない時がある。
「うまくいった?」
「うん。ほんとに、取材慣れしてる広報さんね。すぐに社内から女性社員を何人かピックアップしてくれて、今ご本人に確認してくれてるところ。話が早くて助かるわ」
「だろ?まあ、とりあげられ慣れてるのもどうかなってとこあるけどな」
確かに世間でも認知の高い企業ではあるが、それだけ社員個人をつぎつぎ取材されているというのもどうかというのはある。
苦笑いを浮かべた藤枝は、それでもひとまずなんとかなったならよかったといった。
「ナレーション、頼むつもりだけど取材もいく?」
「別にいいだろ?必要だったら調整するけど」
「んー、そうね。じゃあ、取材する方が決まったら考えよっか」
おう、と答えるとリカはじゃあ、また連絡するといってフロアへと戻っていく。
その背後から、報道部のサブが通りかかった。
「藤枝ちゃーん。さすが、バラエティの男だねぇ。未だにあっちにもこっちにもいい顔してんなぁ」
「いやいや、そんなことはないっすよ。まだまだ修行中なんでいろんな仕事させていただいてるんすよ」
「へーえ。まあ、それならいつでもニュースやめてバラエティ戻ってもいいんだぜ?」
時折、思い出したようにぶつけられる嫌味ももうだいぶ慣れたものだ。
へらへらと曖昧に笑って、そんなこと言わないでくださいよと呟けば、それでもしばらく続いたとしても、いつかは去って行く。
「いつまでも調子に乗ってるなよ」
「心しまーす」
ようやく解放されると、小さくため息をついた。やれやれである。
なんという事はない。ノイズだと思って聞き流せばいいので、藤枝にとっては苦痛ではないのだ。一番苦痛なのは、自分自身の実力が足りないために無様な姿をさらすこと。
ちゃらい。
適当。
藤枝のイメージは総じてそんなところだろう。加えてプライベートの不真面目さと。
だが、本当は自分の無様な姿が一番許せない。それを、藤枝自身はプライドではなく、矜持だと思っていた。
未だ誇れる自分ではない、だからこそ、軽いとか、適当という仮面を被っているのだ。
―― まあ、適当にね。適当に
ノイズを断ち切るだけの力のないうちは、風にそよぐように聞き流すことも大事。
鼻歌交じりに藤枝が次の仕事に向かっている間に、リカは秋山という藤枝が紹介した広報からの連絡を受けていた。
「ご連絡いただきありがとうございます」
『早速ですが、コンテンツソリューション部の西村というものでお願いできないかと。一度、お打合せさせていただけますか?』
「西村さん……、ですか」
手元にはメールでもらっていた候補者の名前があって、急いでそのリストを手繰ったが、そこに西村の名前はない。
候補になかった人物を押してきたのかと疑問に思ったリカは、スケジュール帳を開きながら探りを入れた。
「西村さんという方は、先日いただいた候補の方の中にはいらっしゃらない……?」
『あ……、はあ。それはそうなんですが……』
「候補としていただいていた皆さんはご予定がなかなか難しかったですかね?」
駄目押しとばかりに問いかけると、歯切れの悪かった秋山がいえ、と言葉遣いは丁寧に否定を口にした。
『そういうわけではありません。とにかく、こちらも西村本人と業務の調整もありますので、お打合せのお時間を決めさせていただければ助かります』
「わかりました。それでは明日の午後はいかがでしょうか」
問題ないということで明日の打ち合わせを決めて電話を切る。あしたキラリは、取材する相手に寄り添うようなコーナーだ。
何か気になるところがあると、それは取材にも出てしまう。
ささくれのように気になるものを感じながら、リカは明日の取材用に簡単な資料をまとめた。
約束よりも10分前につくように向かった先で、藤枝達が取材したのと同じビルの受付で入館証をもらう。手続きをしている最中に、広報の担当者が姿を見せた。
「帝都テレビの稲葉さんですね」
「はい。秋山さん」
「はい。広報部の秋山と申します。お電話では失礼いたしました」
藤枝と同じくらいの身長で、固い紳士服ブランドのスーツだろうか。ぴしっとした隙のない姿が、らしい、と感じさせる。
こちらへどうぞ、と案内されていくのはエレベーターホールだ。
「応接の方へこれからご案内させていただきます。実際の撮影も同じように応接の方でできるかも合わせてご確認いただけますか」
「あ、そうですか。できれば、西村さんのお仕事されているところもお願いできればと思うんですが」
話している間にぽーんと軽い電子音が鳴って、エレベータに乗り込むと話が途切れる。
25階まで上がると、エレベータを降りたところに受付があって、受付嬢がすぐに立ち上がって丁寧な礼を持って迎える。片手をあげて、秋山が受付の前を横切って、ずらりと並ぶ応接室の一つに入った。
「どうぞ。こちらへ」
入り口に使用中のランプがついて、通されたリカは立派な大テーブルの真ん中に座った。
「コーヒーでよろしいですか?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
内線電話でコーヒーを注文すると、改めてリカの斜め向かいに座った秋山と名刺交換を行って腰を下ろす。
落ち着いたところで、リカがあしたキラリの資料を取り出した。
「改めて、こちらの企画なんですが……」
「はい。あしたキラリですよね。いつも拝見しております。取材いただき、ありがとうございます」
「ご紹介いただける方が、西村さんという方と……」
「ええ。事前にご連絡させていただいていた候補者とは違ってしまい申し訳ないんですが、コンテンツソリューション部という部署のものになります」
今度は秋山の方が部門を紹介できるような資料をまとめてきたらしく、それをリカに差し出した。