真昼の月 7

―― まいったな

局への帰り道、リカは困惑しきっていた。
秋山から話を聞いた後、西村を紹介されて驚いたのだ。

「私は先日、帝都テレビの藤枝さんのインタビューを受けましたが、本当に私でよろしいのでしょうか?」

ぐっと言葉に詰まったリカは、即答できずに、少しの間を開けてから自分の確認不足に舌打ちをしそうだった。秋山から連絡がある前に藤枝には取材したばかりだと聞いていたのだから、その相手の名前を確認しておくべきだった。

「申し訳ありません、それは一度、局に戻って、確認させてください。放映日が近い場合はほかの方をもう一度ご検討いただかなければならないかもしれません」

そういって、立ち上がったリカが頭を下げたのを西村は不思議と当然という顔で見ていた。謝らないでくれ、ということもなく、そうですか、と淡々と受け止めて、秋山にはそれじゃあと声をかけて応接から出ていく。
秋山の方が、その後で、事前に話すべきでした、と頭を下げた。

「私どもの方でも帝都さんの方でお話は伝わっているものだと思っていましたので」
「はい。それは私の確認不足です。申し訳ありません」
「どうしてもという場合はほかの者に再度、あたってみますがもし難しい場合はお断りさせてください」
「それはもう。致し方ないと思いますので。ひとまず、局に戻って検討させていただいてからもう一度ご連絡させていただきます」

そういって、リカは案内された応接から出ると、秋山は一階まできっちりと見送りに出た。丁寧な挨拶、そこそこの年齢だろう。イケメンというより男前、という印象を受けた秋山の態度やこれまでのやり取りに、そんな落とし穴があるとは思っても見なかった。

帰りの電車を乗り継いで、局に戻ったリカはすぐに藤枝を探した。

「藤枝!」

打ち合わせが終わるところで、ほかのディレクターやスタッフと話しているところに片手をあげて小声で合図を送った。邪魔にならないように、少し離れた場所に移動して待っていると、解散した打ち合わせの輪から近づいてくる。

「おう、どした?」
「あのさ、この前の紹介してくれたところ。先にあんた取材したって言ってたじゃない?」
「ああ。トゥルーストーリーでな。それがどうかしたのか?」
「はぁ……」

あっさりと答えた藤枝はため息をついたリカを見て、そこは察しの悪くない藤枝はすぐにするっと口にした。

「まさか西村さんを出してきた?」
「私も行く前にちゃんと聞いておくべきだったんだけど……」
「それはないだろ?いくらなんでも……」

藤枝たちが取材したことはわかっているのだからそれはさすがにやらないだろう、と思ったが、そうでなければリカが困った顔で現れるはずがない。
思わず腕を組む。

「まじか……」
「マジ。困ったわよ。今更断るわけにもいかないし、相手も駄目だったら候補者からもう一度検討するけども、駄目だったらごめんなさいっていわれても……」
「それ、理由あるんじゃないの?あの広報さん、秋山さんだっけ。そんな不手際するようには思えない。それにああいう会社だからこそわけありなんじゃないかな」

―― 理由か……

初めは正直、どうでもよくて、藤枝に確認しなかった自分と、教えてくれなかった藤枝にも密かに不満を抱えてきたのだが、言われてみて初めてその理由が気になり始めた。

「でも、そんなことあるの?あれだけの会社でもちろん取材されたら会社にもメリットあるわけでしょ?」
「あるだろうけど、会社としては個人をそれぞれ取り上げられても困るのかもしれんしなぁ。ほかはさておき、一応一般人だろ?」
「それは……、そうだけどだったら初めから取材なんか受けないんじゃない?」
「んー。それは俺にもわからん。聞いてみたのか?……みてないか。だったら来ねえよな」

わかっていれば藤枝のところに駆け込んでこないだろう。
そう思うと、藤枝も妙に気になりだす。西村がそんな風にでたがりな様にも見えなかったし、特に取り上げられたい特別な業務を受けているようにも見えなかった。

「とったやつ、まだナレーション入れてないけど、見るか?もう編集終わってるはずだぞ?」
「見る!みて考える。全然ちがうんだったら放送日が近くてもいけるかもしれないし」

ちらっと取り出した携帯を見て、藤枝はひとまず担当ディレクターからデータを借りるために話をつけるので少し待つように言った。

データを受け取って、ナレーション原稿と共に見ると、リカが難しい顔になる。

「……いいと思う」
「まあ、そうだろ。こっちはもともとだからな」
「これじゃ断るしかない……か」

何かが特別なわけではなく、普通に頑張っている姿を丁寧に取り上げていて、悪くない。
悪くないからこそ、困る。

考えていても仕方がない、とばかりにリカが立ち上がった。

「あの広報さんに連絡してみる。候補者をもう一度検討してもらって駄目だったら次探さなきゃ」
「ん。なんか悪かったな」
「藤枝のせいじゃないでしょ。とにかく確認してみる。ありがとね」

廊下を急ぎ足で歩くリカのヒールの音が響く。フロアに入った瞬間、床の絨毯に音が吸い込まれた。
デスクに座るとすぐに秋山の名刺を取り出して電話をかける。

「帝都テレビの稲葉と申します」
『お世話になります。先日は申し訳ありませんでした。秋山です』
「あの、それでですが……」

―― ちゃんと理由を聞きたい

断りを入れようと思っていたリカは、瞬間で判断を変えた。

「あの、お話をもう一度伺いたいので、お時間頂けないでしょうか。できれば、こちらにいらしていただけると助かります」
『それは構いませんが……』
「じゃあ、今日、お時間ないでしょうか?!」

リカの勢いに押された秋山がしばらく待ってくれと言ってから時間を調整したらしく、夕方に局で会うことになった。

投稿者 kogetsu

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