僕の好きな人 2

ゆっくりと歩きながら、大祐は隣を歩くリカの手を時々、ぎゅっと握りしめた。

「稲葉さんと手を繋ぐのって、結構、やってますよね」

「そうでしたっけ?」
「ええ」

普通のカップルなら腕を組むほうが多いかもしれない。

大祐も、かつてそんな相手がいたときは手を繋ぐより、腕に手を絡められて歩くことがあったことは、口に出さずに飲み込んだ。

「自分、嫌いじゃないです。むしろ、好きかな。稲葉さんの手、やっぱり女性らしくて、小さくて華奢ですよね」
「空井さんの手は、やっぱり大きいです。思ったよりごつくないですけど」
「えー、どうしてそう思うんですか?昔は機械いじりとかもしてたんで、ごつごつしてません?」
「そんなことないです」

ぎゅっとリカのほうから手を握ってきて、それが嬉しくて、ついつい笑ってしまう。

「それで、稲葉さん。今日はどうしたんですか?さっき、様子が変だったし、面倒くさいってなんのことです?」

大祐はよく、自分のことを犬に似ていると例えられることがあるが、それが本当ならリカは典型的な猫だとおもう。

なついたと思うと、ぱっと離れてしまう。時に警戒されたり、時に無防備な姿を見せられたり。

これは振り回されるのはしょうがないなぁと思う。

―― なんにせよ、かわいいし

これも惚れた弱みだなぁと顔を覗き込んだ大祐に、リカはしぶしぶと口を開いた。

「……私、かわいくないですし、素直じゃないし、色々と面倒なんじゃないかと思って……」
「稲葉さんが?面倒だっていうんですか?」
「い、今のうちにいろいろ、ご、ご希望とか聞いておいたほうが、その……、色々と善処できるかなって……」

東京と松島では距離にして大体400キロ。空を飛んでた頃なら数分だけど、そんなわけなくて。

だから。

数分が2年という時間の間、400という大きな数字になって大祐とリカの間に広がっていて、その距離がいきなり縮まったとしても、その距離感に自分たちがまず慣れなくて当たり前だ。

「そっか」
「え……」

そこまでの話の流れならきっと、大祐が『そんなことないです』とか『そうですね』とか、そんな言葉が返ってくると思っていたリカは急に砕けた気がして目を見開いた。

「稲葉さん」
「はい」
「……稲葉さんち、行きましょうか」

気づけば足を止めていた二人は、そんな大祐の一言で再び歩き出した。

* * *

リカに入れてもらった部屋に入った大祐は部屋の入り口で立ち止まる。まだ、緊張気味のリカをそれ以上追い込みたくなくて、床の上に膝をつこうとした。

「あっ、空井さんこっちに。ジャケット、しわになっちゃうから預かりますね」

「……ありがとう」

大祐が渡したスーツのジャケットをハンガーにかけて、リカは大祐のために風呂を沸かしに行こうとする。その手を大祐はそっとつかんだ。

「稲葉さん。そんなに緊張しないでください。隣にきて、座りませんか?」

「……はい」

上着も脱がずにちょん、と隣に腰を下ろしたリカの手を握る。

「ありがとう。稲葉さん、僕は、今夜はここで休みますね。もし、稲葉さんが気になるようなら廊下でも構いませんから」

「え」

驚いたリカの手をぎゅっと握る。

好きで。夢に見るくらい好きで。

そんな相手が、こうして自分と一緒にいることで緊張してくれる姿も捨てがたいが、それよりも愛しさが勝る。

苦笑いを浮かべた大祐は、つないだ手を両手で包み込んだ。

「すいません。正直に言えば僕も男ですから、稲葉さんを抱きしめたいなーとか、きっと稲葉さんが知ったら引かれるんじゃないかってこと、考えてたりしますけど、でもいいんです。僕、稲葉さんと一緒にいられるだけで十分です」
「空井さん……、何を急に」
「だって稲葉さん、すっごく緊張してるし。まー、俺もそんながっついた顔してるかもしれないけど」

大祐の言葉にぱっと手を引いたリカが両手で頬を押さえた。蛍光灯の下では頬が染まるところもはっきりわかって、それさえ大祐を煽るとリカにはわからないだろうが、さっきよりはよほどましな顔だ。

「わ、私そんな、別に」
「あ、全然いいんです。逆に何も考えてもらえてないと、それはそれで男として見られてないみたいでショックなんで。ていうか、僕のこと、男だって思ってくれてますよね?」
「空井さん!……当り前じゃないですか!」

大祐をぶつ真似をしたリカの手を掴んでぱっと笑い出した。

「あははっ、やっと笑ってくれた。店を出てからずっと笑ってくれないから」
「そんな……。そんなことないですけど、なんだか、考えてしまって……」
「うん。それ、聞かせてくれませんか?僕はもう、あなたの話が聞けないことで、勝手に離れていかれたりするのは嫌なんです」

二人の距離はそのままなのに、その目だけはリカを捉えていて、そのまま心の中まで迫れたらいいのにと思う。

「稲葉さん。なんでも聞かせてください。お願いします」

すっかり酔いのさめたリカは、手を掴まれたまま、身動きができなくなった。

投稿者 kogetsu

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