「駄目です!」
「いや!今日はもう宣言したんで!」
「じゃ、じゃあ、同じベッドでも同じじゃないですか!」
「それも駄目です。いくら何でもそれは俺の理性が持ちません」
堂々と言い切った大祐に頬を染めたリカがもうっ、と拳を上げた。
「空井さん!」
「なんでしょう」
「空井さんをソファで寝かせるなんてできないです」
「僕も稲葉さんをソファに寝かせておいて、稲葉さんのベッドで寝るなんてできません」
風呂に入って、さすがにそろそろ休もうかという話になってからもはや30分が過ぎただろうか。
延々、こうして言い合っているのはどちらがどこに寝るかという話だ。
今日は手を出さないためにもソファで寝るという大祐と、ソファでは長身の大祐はゆっくり休めないだろうといって譲らないでいる。
「稲葉さん、頑固ですね」
「空井さんこそ!ゲストなので、折れてください」
「あのー……。稲葉さん、わかってます?」
くっくっく、と大祐が笑い出す。ソファを背にして床の上にリカと一緒に座っていた大祐は、ちょん、とリカの額をつつく。
「一応、僕と稲葉さんは婚約していて、この状況は稲葉さんが身の危険を感じてくれるところなんですけど」
う、と言葉に詰まったが、どこまでも負けず嫌いのリカは顎を引いて顔をそらす。
「でも!ここは私の家ですから!」
どこまでも譲らないリカに苦笑いを浮かべた大祐は仕方ないと苦笑いを浮かべて立ち上がった。
「わかりました。じゃあ、飲みましょう!稲葉さん。冷蔵庫、あけますね」
そういって、キッチンからビールを持ってきた大祐はリカの分を差し出して再び腰を下ろす。
リカが常備していることはわかっているから、プルタブを開けるとリカが手にしたビールとこつんとぶつける。
「飲んで、眠くなったらその時にってことで」
「わかりました。何か食べますよね。ちょっと待ってくださいね」
たいしたものはないのですが、とリカが冷蔵庫からチーズやサラミを皿にのせて運んでくる。そうしてなし崩しで三次会ならぬ、家飲みが始まった。
「空井さんは、おうちの方にいわれたりしないんですか?その、結婚とか」
「あ、ないですね。男ですし。でもこの前実家に電話して稲葉さんのことを話したら喜んでました。俺みたいな飛行機馬鹿と一緒になってくれるような人はなかなかいないから、式はあとでもさっさと入籍しろって」
さらりと口にする大祐に、リカが微妙に眉を寄せた。おや、と思っていると、深いため息とともにぐらりとその頭が揺れる。
「なんっででしょうね。うちの母もそんな感じのことを言ってまして。私のようなガツガツした女をもらってくれる人なんて貴重だから、さっさと籍をいれなさいって……」
ぷっと吹き出した大祐をじろりとにらみながらリカがビールをあける。その様子に中身が空になったとみた大祐は、立ち上がって冷蔵庫に向かった。
だいぶ酔っぱらっているからと、手を止めた大祐がリカの様子をのぞくとテーブルに片腕をおいてつっぶしているように見えた。
「稲葉さん?」
返る声がなくて、大股で歩み寄った大祐は、すーすーと寝息を立てているリカを見てふっと、笑った。
―― ようやく寝てくれたか
そうっと音を立てないようにテーブルを片づけた大祐はベッドの用意をしてから、リカを起こさないように抱き上げた。
ベッドに寝かせて、明かりを落とすと妙に離れがたくてベッドのそばに腰を下ろす。
お互いの親に煽られるまでもなく、入籍だけはしようと話はしていた。
順番がおかしいものの、今週は結婚指輪を選びに行くことにしている。
それなのに。
リカの部屋に泊まることも、着替え一つでも大騒ぎしている自分たちはなんだろう、と思う。
それでも、自分のしたいことを我慢するわけではなく、大祐のことを精いっぱい考えてくれていることが伝わってくるのが嬉しい。
まだまだ話足りないし、一緒にいてもまだ足りない。
眠る横顔を見ているとすごく不思議な気がした。
初めて出会ってからたくさんのことがあって、今、こうしてすぐ目の前で眠っている人を見ている。
―― どこが好きなのかと聞かれても、答えられないくらいに好きだ
「……ん、そら……さん」
「はい。……リカさん」
夢の中でも話してるのだろうか。小さく呟いた声に小さく答える。
眉間にしわを寄せている様子に思わず、布団から出ていた手を握った。
「空井、リカ……さん。俺の……」
ベッドに寄りかかって、大祐の手に無防備に預けられた手を感じながらその場で目を閉じる。
「やべー……。俺、明日加減……、できるかな……」
ベッドに頭をのせているとリカの香りに包まれてそれだけでも自覚してしまう。
今頃になって、意地を張らなければよかったと思いながら、その反面、我慢してなかったら酒で酔いつぶすよりも今頃抱きつぶしていたかもしれない。
これまで修行僧のようだといわれてきた大祐は今になって、自分の煩悩との間で葛藤することになった。