道の途中 3

記憶にない。
なにがといって、今日が何曜日で何時に起きなければいけなかったのか、一瞬わからなくて頭が働いてないことだけはわかる。

「……あ」

目を開けた瞬間、ばっと飛び起きて子供たちの姿を探しながら時計を見る。

「9時っ……!やば」

とっくの昔に保育園に送って行って、自分は職場についている時間、と思って一瞬で頭から血の気が引いた。
リカの頭の中はどうしよう、で埋め尽くされて、ベッドから走り出そうとした先に、にゅっと手が上がる。

「ストップ」
「きゃっ!!」

ソファに横になっていたらしく、その姿は寝室から見えていなくて、急に伸びた長い手にびっくりする。

「落ち着いて。今日は休み」
「えっ?あっ!そうだったー……」

その場にへたり込んだリカを起き上がった大祐がくすくす笑う。まだ眠っていたリカを起こさないよう、ソファに横になっている間にいつの間にかうとうとしてしまっていたようだ。

「起きた?」
「おきた……。ごめん。すっかり寝坊しちゃって」
「寝坊じゃないでしょ。仕事じゃないんだし。朝ご飯用意してあるよ」

やってしまったと思って、急に飛び起きた心臓がバクバクしていたが、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ため息をついたリカはもう一度部屋の中を見回してため息をついた。

「顔洗ってくる……」

二人で暮らしていた時の部屋とは違う。
リビングの隣を寝室にしていて、玄関から入った廊下には子供部屋と仕事部屋がある。まさにファミリータイプのありふれたマンションだ。

顔を洗っているうちに、目が覚めてきて、あちこち散らかったままにしていたものがきちんと片付けられていることに気づく。
大祐がそうっと起こさないようにやってくれたのだろう。

いい加減に積み上げていたものが片付けられ、掃除されている。

今の生活になってからできたルールは大祐が言い始めたことだ。

「あのさ。最低でも月一で帰ってくるじゃん?その時に俺がこういうの片付けたり掃除するから、帰った時にどこに何をって教えてよ」
「せっかく帰ってきたときに汚い家ってちょっと……」
「逆でしょ?日頃のことを全部リカがやってくれてるんだから、このくらいやらせてよ」

そういって、目の届かないところや毎日使うところもこまめに掃除するようになった。

子供たちのおもちゃの場所や着替えの置き場。時々、どうやったら使いやすいか、やってみたが使いづらいから変えよう、など、話すことが増えた。

きれいに磨かれた洗面台を見ながら、いつもありがとう、とつぶやく。

「リーカー!」
「はーい」

タオルをおいて、リビングに戻ると普段はしないコーヒーの香りがした。

「座って座って。もう食べられるよ」
「何か運ぶものは?」
「ないない。たまには任せなさいって」

テーブルの上にはトーストと、ハムエッグとコーヒーが並ぶ。まだ足りないのか、フライパンで何かをつくっているようで思わずのぞき込んでしまう。

「ん?」
「何作ってるのかなって」
「あ、これ?ちょっとまってね、もうすぐできるから」

スティック状の何かを焼きながら、水の入ったグラスをリカに渡す。

グラスを持ったリカがテーブルに向かうのを見ながら大祐は、作っていたものを皿にあけて火を止めた。

「なんか、子供たちがいないのに並んで座っちゃうね」
「そうね。いつもの席だもんね」

二人だけのころは向かい合うか、直角の位置に座っていたから余計に妙な気がする。
少しだけお互いを向きながら、手を伸ばした。

「大祐さん、いつ起きたの?っていうか、寝たんだよね?」
「寝たよ。当たり前じゃん。リカが目いっぱい爆睡してたからじゃない?」
「爆睡って言い方ないでしょ」

子供たちがいれば、少しの音でもすぐに目が覚める。こんなに眠ってしまったのは久しぶりなのだとリカは頬を膨らませる。

「だって、隣に行ったけど、全然気づいてなかったでしょ?」
「嘘っ」
「嘘です」

目をむいたリカに大祐はごめんごめん、とつぶやく。

「起こしたくなかったんだよ。たまにはゆっくりしてほしかったからってのは口実で、俺もビール飲んでここにいたらそのまま寝ちゃったってのが本当」
「それで朝はいつも通り?」

肩をすくめた大祐に、首を振ったリカはしょうがないなぁ、と思う。

「朝からこんなに掃除されるとなんか申し訳ない気になる」
「そう?じゃあ、次からもっとアピールしながらにしようかな」

リカにとっては申し訳ない気持ちになるものの、大祐にとってはいない間の家族の様子がわかるのもあって、楽しい時間なのだ。

「で?食べながらでなんだけどさ。休みの予定決めようか」

投稿者 kogetsu

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