酒と花と少しのロマンス 6

「そうですねぇ。うちの奥さんは仕事がお酒なので、いつも食事には気を使ってるんですけどね?彼女の禁断のおやつって言うのがチーズケーキなんですよ。もう大っ好きでね。チーズケーキって幸いなことに、いろんなお店があって、たくさん種類もあるじゃないですか。それを探して、用意するんですけど、それも間に合わないようなときはお花です。お花にします」
「お花?」
「ええ。そんなね、旧家の出のお嬢さんで、当時はまだ実家の仕事をしてなかったんですが、いい会社にも務めてましたから、付き合っていたんですが、遠距離になるかどうかっていうときがありまして。相手の年齢もあって、僕、もう無理かなって思ってたんです」

もう無理かもしれない、互いにそう思っていた時期に、別れを切り出すつもりで会う約束をしていた。たまたま、その日待ち合わせに行く途中にあった、駅の構内にある花屋で目についた花を買ったのだ。特に何を思ったわけでもなくて、ただ、ふと思いついて最後に贈りたいと思ったという具合だろうか。

別れを切り出すつもりでもやはり、大好きな彼女においし物を食べてほしい。一緒にいたことを覚えていてほしい。
そこそこ名の売れた和食の個室を押さえた比嘉が、向き合っている間に、感極まってしまって気が付けば、号泣しながらプロポーズしてしまったのだ。

「比嘉さんが?!えー……。想像できないです」
「今でこそ、こうして言えるんですけどね。畳の、こういう座布団をどけて土下座しながら、だらっだら泣きながら花を渡してどうか結婚してくださいって」
「……ほんとに?」
「ええ。あ、これ、片山さんにも空井さんにも藤枝さんにも内緒ですよ?」

こくこく、と頷いて、リカが左右の潰れた男達を確認してから、両手を口元に当てて再び続きを促す。

「それで奥様は?」
「まあ、それは……。自分も好きなことをしているから、お互い一緒にいられるように努力しませんかって言ってくれて、ですかねぇ」

わぁぁ、と目を丸くして聞いていたリカに苦笑いを浮かべて、本当に、内緒ですからね、と駄目押しをする比嘉に、鷺坂が盃をちん、と音をさせて比嘉のそれと合わせた。

「いい話じゃないの。じゃあ、花が登場するときは比嘉ちゃんからの精一杯の頑張ってる表現なんだ」
「ええ。もう僕がお花を買って帰ると、僕が白旗を上げて、泣いて縋ってる姿が目に浮かぶようになったのか、奥さんが笑い出したり、自分から話をしてくれるようになりましたね」
「ああ。そういうのもいいね。男には女性の考えがわからないこともあるからなぁ」
「僕は、空井さんや藤枝さんみたいな若くてイケメンじゃありませんからそういうところでキャラを保つって言うか?」

どうですか、と眉をあげて悪戯っぽく笑った比嘉をみながら頬杖をつく。

―― 女だって、男性の考える事なんて、わからない……

ただ、好きだからわかりたいと思うし、わかる手がかりを少しでも探している。どうしようもないときは当り散らしたり、泣いたりすることもあるけど、それでも伝えてほしいし、伝えたいのだ。

「すごく、素敵ですね。鷺坂さんもですけど、比嘉さんも憧れます」
「や、やだなぁ。僕なんかにそんなことを言っちゃ駄目ですよ。空井一尉に恨まれちゃいますから」
「おっ、元戦闘機乗り相手は怖いぞ」
「勘弁してくださいよ。鷺坂しつ……」

日頃は気を付けていても、どうしてもこういう咄嗟の場合はつるっと室長と出てしまう。
ますます、恨めしい目を向けた比嘉にくくっと笑った鷺坂が酒を注ごうとして空になっていることに気付く。店員をつかまえて追加を頼むと、ふう、と一息ついた。

空井はまだ赤い顔をして目を閉じたままダウンしているが、藤枝はテーブルに突っ伏しているので、その様子がよくわからない。
念のためにと、リカが水を二つ、追加で頼んだ。スタートが早いので、まだ起こさなくても構わない時間ではあったが、早々に潰れた二人が気にかかる。

「お待ちどうさまでー」

店員が気を遣って、水の外に冷たいおしぼりを持ってきてくれた。二人の前にそれぞれ置いてやると、しばらくして藤枝が顔を伏せたまま起き上がった。

「ちょっと大丈夫?」

片手で顔を覆ったままの藤枝が、差し出された水に手を伸ばす。半分ほど飲んでから、トイレと呟いてふらふら立ち上がった。
それを見送ったリカも、今日はビールからカクテル、日本酒に手を出していたので、そろそろ自覚としてはほろ酔いである。少しずつ反応が遅くなって、話し方が甘くなり始めていた。

「なんか、珍しい。あいつ、そんなに潰れたりしたことないんですよ」

私と一緒に飲むときは特に。

リカのそんな一言に、鷺坂と比嘉は曖昧に笑った。
それはそうだろう。いくらなんでも、男なら特に。そして、好意があればなおさら。

だからこそ、今日は潰れたのだろうが、このあたりはリカが知るべき話ではない。

「お忙しかったんじゃないですか?僕もね、そう言う日はあっという間に酔ってしまって、家ならすぐに寝ちゃうところですよ。鷺坂さんはどうですか?」
「俺?おれはもう、おじさんだから嗜む程度、それが一番。皆の楽しそうな顔を見ているだけで幸せだからさ」

それを聞いたとたんに、比嘉の顔が温い笑顔に変わる。半眼をとじて比嘉スマイルが浮かぶ。

「そうですよねぇ。先日、松島の山本室長と、地元の方々との宴会で飲み過ぎた挙句に居酒屋にそのまま泊り込んだらしいですけどねぇ」
「比嘉ちゃ~ん」

情報早いよ、とぼやく鷺坂を前に、あの山本と一緒に居酒屋で酒を飲んでそのまま大の字で寝ていたとネタをばらした。
あの山本の豪快さからすればあり得そうでもあるが、鷺坂までは想像がつかない。

「鷺坂さんは、酔うとどうなるんですか?」
「俺?俺はあんまり変わらないよぅ。ダンディでセクシーだからねっ」
「いえいえ、それはあぶないです。ええ、何かが違います」
「馬鹿だな、違わねぇよ」

にやりと笑う鷺坂と比嘉の掛け合いにくすっと笑ってしまう。相変わらずなんだから、と思ったリカはふと、手洗いに立ったまま、なかなか戻らない藤枝が気になって、きょろきょろと周りを伺う。視線を向けたリカに気づいて、比嘉が腰を上げた。

「僕が見てきます、……と、戻られましたね」

立ち上がった比嘉はなぜか店の入り口から戻ってきた藤枝をみた。
顔色は大分戻っていて、いつもの飄々とした顔が比嘉に向かって、申し訳ないと片手を上げる。

「すいません。今日はなんか酒の周りが早くって」
「いえいえ。なかなか戻られないので心配しておりました」
「もうだいぶ。……おう、そんな顔すんなって」

大きく回り込んで、元いた席へと戻ってきた藤枝が腰を下ろしながら何かを鞄の脇に置いた。比嘉からは見えていたのだろうが、何も言わずにちらりと鷺坂に視線だけ向ける。

心配そうな顔を見せたリカに、平気、平気、と言った藤枝は、すっかり氷の溶けた水を飲む。

「だって、あんた、あんまり潰れたことないじゃない」
「馬鹿だな。俺だって飲みたい時はあるわけよ。片山さんの幸せっぷりにあてられたのかなぁ」
「幸せって、アンタだって」

いつか刺されるような付き合い方しなければ。

そう言いかけたリカをぴしゃりと、コップを持ったままで人差し指をたてた藤枝が止めた。

「ストップ。お前には関係ない」

その言い方に、ここからはもう、入るなと言われたような気がして、一瞬、空白ができる。

「いいからお前はそっち。空井君の介抱してなさい」
「なによ、心配したのに」

むぅ、とむくれたリカと藤枝のやり取りを見ていた鷺坂が、そろそろ切り上げようか、と言って、比嘉が片山達の分も取りまとめて清算した。

投稿者 kogetsu

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