座談会・出張編

※※座談会・出張編

「鷺坂“元”室長」
「なんだよ?」

比嘉と片山、そして槇までがそこにいる。
まあまあまあ、と言いながら牛タンの皿を皆の方へと押し出した。

「確かに、明日は休みですし我々もその後が非常に気にはなっていましたが……」
「だからって、俺達を呼びつけないでくださいよ」

ため息とともに槇がぐいーっとジョッキをあおった。妻になった柚木は身重で、家に一人でいるかと思うとこういう出張の時は、何とも落ち着かないのに、今日ばかりはそんなに柚木を構っている余裕はなかった。

なにせ、敬愛してやまない鷺坂の呼び出しである。

「まあまあ。槙さんも落ち着いてください。“元”室長、からの、呼び出しですからね。我々も来ないわけにはいかないでしょう。空井一尉の報告も衝撃的でしたからね」
「比嘉さんはもう、その、妙~な間をあけてしゃべるのやめませんか」

はーっと大きなため息をついていらいらしながらもしっかりと牛タンを口にしている槇に向かって、相変わらずの意味ありげな笑みを浮かべて頷く。比嘉が腕時計を見ると、何度か頷いた。

「なんだよ。比嘉。何時計見てにやにやしてんだよ?」
「いえ、もうすぐくるなぁと思っただけですよ。……空井一尉が」
「なにっ?!」

くるっと背後を振り返り、店の入り口の方をきょろきょろと見渡した片山は、盛大に舌打ちをかます。

「あの野郎!」
「駄目ですよ。片山三佐。空井一尉をいじめたりしちゃ」
「馬鹿っ、いじめないわけがないだろうが!元上官の俺を差し置いて、稲ぴょんとラブラブしやがって、その挙句、結婚しますだ?!2年もほったらかしといてそんな真似許されると思ってんのか!」

その向かいでしみじみと日本酒を傾けていた鷺坂が感慨深げに頷いた。

「まったくなぁ。まさか、あれからずっと連絡もしない、会いに行くのもしないなんてありえないだろ。お前だったら。なあ?片山」
「当ったり前じゃないですか。自分だったら当然!もう、メールは送りまくり!それに」

ぐいーっと鬱陶しそうに槇に顔を押さえこまれて、片山が座敷の隅の方へと押しやられると、そこに店員のいらっしゃいませーという声が響いた。

がばっと入口の方を見ると、大きな背を丸めた空井がスーツ姿で現れたところだった。

「そーらーいーっ!てめぇ!」
「うわっ!!な、なんで槙さんも?!え?比嘉さん?!ど、どうしたんですか?!」

『稲ぴょんが仕事で帰っちゃったなら顔を出しに来なさい』
そう鷺坂に言われて、翌日、仕事が明けた後にわざわざ仙台まで駆け付けたのだった。

かつての広報室メンバーが顔を揃えていることに驚きながらも座敷に座る。

「まぁまぁ。ほら、空井一尉。お久しぶりですね。元気そうで何よりです」
「あ、はぁ……。比嘉さんも、槙さんも、片山さんも。お元気そうで」

メンバーを見れば比嘉と槇の間に座る方が賢明だ。いわゆるお誕生日席に腰を下ろした空井の前にビールが運ばれてくる。

「じゃあ、改めて」

そういった比嘉がグラスを持ち上げると、しぶしぶ片山が、頷いた槇と鷺坂がそれぞれ手にしていたグラスと盃を持ち上げた。

「空井一尉。おめでとうございます」
「お疲れ……、え?おめでとう?」

お疲れ様、と言いかけた空井の目が点になる。
すぐに鷺坂をはじめ、全員が携帯を取り出して、くだんの画像を空井に向けた。

「うわっ!!!!うわわわっ、な、なにっ?!なんでっ?!」
「根回しは大事。こうして既成事実を作っておけば、あとはほんの少し」

そういいながら鷺坂が両手を前に出すとほかの三人もそろって前に出す。

「「「プッシュ!」」」
「ななななな、何がプッシュですか!!」
「だって、お前全然だめじゃん。もう稲ぴょん泣かせたら、俺が稲ぴょんの父代わりとしてお前をぶんなぐるよ?」

はっと、鷺坂をみて唇を噛みしめる。膝の上についた腕が全力で抱きしめたリカを思い出す。

「……それは、はい。もう、二度と泣かせたくないと思ってます」
「空井一尉は本当に、まじめすぎましたからね。稲葉さんもああいう方ですから、つい、周りで応援したくなるんですよ」

諭すように比嘉に言われると、胸が熱くなってくる。もう空幕広報を離れて2年もたつというのにいまだにそんな風に気にかけてもらえているのだと思うだけでありがたくて、嬉しかった。

「……ただし。いいか、ただしだぞ。この俺様を差し置いて、しかも制服で、勤務中にだ!!」
「うわーーーっ!!それは言わないでくださいっ!」

両手で耳を押さえた空井が真っ赤な顔で叫ぶ。抱きしめて、嬉しくて、リカを抱き上げてぐるぐると回った姿など、恥ずかしくてほかの誰にも見られたくないくらいだというのに目の前の四人の手元には抱き合った自分の写真があるのだ。

「いい、とっても、いい、写真ですよね。僕も、うちの奥さんと、結婚した時のことを思い出します」

だから、妙に区切って言うのやめてくださいよ、と槇に小突かれながらも比嘉がしみじみと携帯の画像を拡大したりしている。何とかそれを取り上げようとするが、比嘉から取り上げようとすると今度は槇がいじり始める。

妙な汗をかきながら必死になって取り上げようとするが、それでどうにかできる相手ではないのだ。

鷺坂が程々なところでやめてあげなさい、とやんわり止めに入ったが、そもそもの原因はその鷺坂である。恨めしいような、ありがたいような複雑な気分で一応頭を下げた。

「で、空井一尉。なんていったんですか?」
「えっ?」
「いや、それは、お付き合いをするわけですから、好きです、とか。一緒にいたい、とか」
「俺にはお前だけだ!とかな」

それはないな、ないでしょ、と片山だけが比嘉と槇の突っ込みを受けながらも、はぁ、と聞いていた空井が、頷きながらちらりと鷺坂の方を見上げてわずかにうつむきがちになる。

「何よ、何よ。さくーっといったんさい。お父さんがきいてあげよう」
「いや、あの……、僕、幸せにできるかどうかわからないけどって言ったんです」

ぴたっとその場のメンツの動きが一時停止状態になる。

「そしたら、稲葉さんが、私の幸せは、私が決めますって言ってくれて、それで、なんというか、嬉しくなって、一緒にいてもいいんだって思ったら抱きしめたくなって」
「ちょ、ちょっと待ってください。空井一尉」

若干、いらぬ汗が額に滲んだ比嘉が目を瞬かせて空井の話を止めた。ほかの三人は眉間に手を当てるもの、頭を抱えるもの、となぜか妙な反応をしている。

「はい?」
「あの、ですね。空井一尉は、2年ぶりに稲葉さんに会ったんですよね?」
「ええ。そうですけど」

不思議そうな顔をして問い返す空井に、くらくらしたものを覚えながら比嘉が続けた。

「にもかかわらず、ですよ?いきなりプロポーズはちょっと……」
「え?えええ?!」

飛び上がって大げさに驚いている空井に、槙と片山が引きつった顔を浮かべる。

「今、そこなのか?」
「う、今、そこなのか。空井」

二人に二重音声で呟かれると、青ざめた顔で空井は口元のあたりを両手で覆った。

「うわっ!僕、稲葉さんがすごいって思って、やっぱり会わずに帰るなんて駄目だって思って、それで、どうしてもまだ伝えてないことがあるって思ったらいてもたってもいられなくなって走っちゃったんですけど、どうしましょう!僕、稲葉さんにプロポーズしちゃいました!」

はぁ……。

四人全員が頭を抱えて机に肘をついた。
まじめすぎるのもどうかと思うが、さすがにこれはないだろう。鷺坂が比嘉を押しのけて席を替わる。

「お前ねぇ。俺はあきらめるなとは言ったし、事実、二人が結婚するのは非常に嬉しいよ?だけどね、ものには順番というものがあってだね?」
「はい」

至極、真面目な顔で正座した空井が鷺坂の説教を受けている間に、柚木にメールしていたらしい槇がさらに深々とため息をついた。

「どうしたんだ、まっきー。あのおっさんがまた無茶でも言ってきたのか?」
「違いますよ……。あっちはあっちでどうやら稲葉さんにメールしたらしいんですけどね」

リカが帰りの新幹線に乗っている頃、おめでとう、と柚木が送ったメールに対して返ってきた返事はリカらしくなく、ひどく慌てていたらしい。

『柚木さんどうしよう!私、空井さんのプロポーズさえぎって、逆にプロポーズみたいなこと言っちゃったんです!!』

「……それは」
「……稲ぴょん、も、……まあ、な。ガツガツだからな!」
「そうですね!元ガツガツですもんね」

互いにひきつった顔を浮かべた三人は、そろってあははは、と乾いた笑いを浮かべると、それぞれに飲み物の追加を頼んだ。

まあ、2年も我慢したのだから、互いにそろってせっかちなのは仕方がないこと。
これから二人が付き合う期間を思い浮かべると、この野暮で多少鈍くて、中学生のような二人のことがますます気になってしまう。

「……なんにしても、これは、当面と言わず、長期的に、密着取材の、必要がありますね」
「まあ、俺は典子から聞くから」

あとで教えてやる、という槇の首を片山が今教えろ!と絞め技をかける。
その間も、こんこんと鷺坂のお説教を受ける空井だった。

投稿者 kogetsu

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