夏の終わり秋の始まり 4

思いがけない鷺坂の後押しで、リカとデートができることになって、浮かれていたのは昨日までで、今朝起きた時、大祐はただわくわくしていた。

何かあっても遅れないように早めに家をでて教わったマンションまで向かう。
ロビーに降りてきたリカの隣を歩いているだけで、いつもの仕事の時とは違う、柔らかい香りに胸が苦しくなった。

―― あー!!可愛い!可愛いって言いたい!言いたいけど、これは半分仕事のようなもので稲葉さんは付き合ってくれているだけ!!

そう言い聞かせていたがやはり、何から何までが可愛い。

一緒にただ歩いているとちらりと向けられる視線が気になって、強引に手を繋いで歩きだした自分自身を褒めてやろうと思うくらいだ。

「ここって、あのお菓子のあれですよね?」
「そうですよ。空井さん、嫌いですか?」
「いや。たまに食べますよ。男一人なんで、部屋飲みになったときとか、つまみ代わりというか」

大祐としてはリカが一緒となれば、洒落た店でゆっくりとランチでもとおもっていたが、リカの目が笑っている。
ここまで来たらと、大祐はリカの言うとおりに流れに任せることにした。

ホットポテトということで、菓子として売られているものがここでは出来立てだというので、リカと一緒に一つずつ違う味を頼んだ。

「まずは空井さんからどうぞ」
「ありがとうございます」

自分で買っておいてありがとうというのもおかしな気がしたが、熱々の一つを口にするとビールが欲しくなった。

「あ、うまい」
「でしょう?こっちも食べてください」

違う味を口にするとますますビールが欲しくなった。

「稲葉さんも食べてください」
「ありがとうございます」

パクリと食べて満足げな顔をしているのを見ていると、それも可愛らしくてついつい笑いそうになる。

「これ、取材のときに食べたんですけど、おいしくて。坂手さんたちももう一つ、ほしいって言いながらも並んでて買えずじまいで」
「あー、なんかわかります。熱いうちならほんと、ビールが欲しくなる」
「そうですね。じゃあ、次にいきましょうか」

リカはそういうと、食べ終えてから大祐の手を握って歩き出した。
大祐にとってはこの程度、腹に入れたうちにも入らないが、リカが精一杯大祐を楽しませようと頑張っているのが伝わってくる。

―― まるでお上りさん扱いだけど、それもまあ、いいか……

 

一つ下の階に降りると、今度はフードコートのようなエリアに出る。だがそこも人であふれていて、落ち着いて席に座れそうな場所は見当たらない。

「う……」

その様子に焦ったリカを連れて、人の一番少なそうなあたりへと向かうと、どうやらクレープ屋らしい。リカの目がここをちらりと見ていたことも気づいていたからだ。

「稲葉さん、食べ歩きならこういうのどうですか?」
「でも、空井さんは?」
「こういうの、久しぶりなのでじぶ……、僕も食べてみたいです」

ほ、とあからさまに安心した顔のリカをつれて、一人、二人が並んでいる後ろに並ぶ。

「稲葉さんは?」
「私は……、このブルーベリーか、あ、でもチョコもいいな」
「じゃあ、僕がそのチョコにしましょう」

カウンターで二人分を頼み、出来上がるのを待つ。
周りにも同じような恋人同士らしい二人連れがみえた。

「稲葉さんはこんな感じのデートが多かったんですか?」
「え?……いえ、そのあまり……。報道にいた頃は時間も不規則ですし」

それで?と目を向けると気まずそうに視線を逸らす。
まあ、想像に難くないが、リカのことだから仕事を優先にしてしまい、というところだろうか。
つい、口元が緩みそうになるのを堪えて、大祐のほうから話を逸らす。

「えーと、女子会とかはしないんですか?」
「それはたまに。でも、大学時代の友人か、あとは……、仕事帰りに藤枝と飲むとか」

―― 一番最後のそれ……こそデートというのでは……

胸の内がざわつくのは仕方がない。
二人が付き合っているわけではない、と聞いてはいてもやはり落ち着かないのは確かだ。

「空井さん。はい!」

チョコと生クリームがたくさんのクレープを差し出されて、うっと詰まる。
だが、リカは嬉しそうにブルーベリーのクレープへ小さなスプーンを手にしていた。

すくいあげた一口を口にした顔がぱぁっと明るくなる。

「どうです?」
「おいしいです。空井さんも?」

手にした方を促されたのだとわかっていたが、わざと大祐はまだ口にしていないスプーンをリカのほうへと伸ばした。
ひょいっとクリームをすくって口に運ぶ。

「あ、うまいですね。稲葉さん、こちらもどうぞ」
「……はい」

迷いを見せたリカがそっとすくったのを見て、その手を掴んだ。

「えっ?」
「こんなの少ないでしょう?」

ほんの少しすくい取られたクリームをぱくっと口にして、なかったことにしてしまうとリカの口元に差し出す。

「どうぞ。やっぱり外側も一緒に食べないと」
「あ、……え、でも」
「僕も、そっち、くださいね」

一緒にいてなんとなくわかったが、こうしているときは強く出たほう勝ちらしい。いつもは強気でテキパキとしているリカが、どぎまぎしながら一生懸命な姿を見ていると、ただ嬉しい、というのと可愛いしか思い浮かばなくなる。

食べていいといっても迷いを見せているリカの手を一度放してから、今度はクレープを手にした方を掴んでぱくっと一口もらった。

「ん!うま」

呆気に取られていたリカが、おずおずと大祐の手から控えめに一口、食べた。

投稿者 kogetsu

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