どこに行っても同じような混み具合だろうということで、困っていたリカと地図を見た後、あまり移動をしなくてもよいということでそのまま浅草に足を向けた。
いくつかリカが検索した店も昼時を過ぎたあたりということで並んでいてなかなか入れそうにもない。それならいっそお茶でも、とカフェに入って席に着くとリカがほっと溜息をついた。
「すみません。稲葉さん。疲れましたか」
「いえ、こちらこそ。なんだか連れまわす格好になってしまって……」
恐縮しているリカに首を振った大祐は運ばれてきた冷たい水を飲んだ。
「気にしないでください。こういうのこそ、デートっぽいじゃないですか」
「すみません……」
「駄目です。すみませんはもうなしで」
一休みしてから仲見世をぶらつきながらお参りをしに行くことにして、ほっと落ち着いてくると、少しずつ笑いが出る。
「それにしても、僕、初めてきましたけど、すごかったですね。お店の印象よりも人が多いってことが一番記憶に残りそうです」
「空井さん、人混みが記憶に残るってそんな……。都内に住んで結構たちますよね?」
「そうですけど、稲葉さん。男一人で込み合うようなところなんて行きませんよ」
大祐が特別面倒くさがりということはないだろうが、人気スポットを男一人で歩き回るというのはあまりないだろう。
ようやくリカの顔にも笑みが浮かぶ。
「それはそうですけど……。片山さんなんかは一人でも行きそうですよね」
「それは否定できませんけど、あれで片山さんのリサーチはすごいですよ?」
「リサーチ……、それは確かに。片山さん、民間に出向されていたときはどちらに?」
「大手の広告代理店だったらしいですよ」
誰でも名前を聞けば知っているような大きな大きな会社だったようで、リカは目を丸くした。そんな場所でもまれていたからこそ、あの広報室で鷺坂の下にいる名コンビなのだ。
「空井さん、休みの日には何をされてるんですか?」
「え……」
リカからすれば何気ない一言だったのだろうが、どきっとして言葉に詰まる。
大祐がまじまじとリカを見つめてくるので、リカは慌ててしまった。
「あの、別に特別何かっていうわけじゃなくて、その……」
「……ですよね!別に稲葉さんが僕に興味があるわけじゃ……」
「そう、そうな……、いえ!あの、興味がないとかそういうわけでも。……えーと、あれです。あの、広報室の皆さんのお休みの日ってどんなかなーっていう……」
お互いに何とか笑顔を浮かべて、気まずい空気を誤魔化した後、気を取り直して大祐は口を開いた。
「休みの日は、特にこれといって。洗濯して、まあ、近所で買い物したり……ぶらっとっていっても、まあ、そのたいしたことないです。稲葉さんはどうなんですか?やっぱり、街角グルメの下見に行ったりするんですか?」
「あー、そうですね。あとは、撮り溜めてた番組をみたり……。あんまり変わらないですよ」
―― だったら、たまには誘ってもいいですかって聞いたらなんていうかな……
「だったら、たまには誘ってもいいですか?」
「はい?」
「……あぁっ!」
ぼんやりしていた大祐は、気が抜けていたというべきか。
胸の内で呟いていたことをそのまま口に出してしまってから、我に返ってがたっと、テーブルを揺らしてしまう。
「あの、その、稲葉さん……」
「……別に、いいですよ?予定が合えば、防大だって行ったじゃないですか」
「あ……、そう、ですよね」
それは仕事の延長じゃないですか。
そう口にしそうになって、今度こそ大祐はぐっと堪えて無理に笑顔を浮かべた。
結局のところ、今日もいくら煽られたからとはいえ、仕事の延長のようなものなのだ。
「そ、空井さんこそ、お休みの日にその、今日みたいに付き合わせてしまって、嫌じゃなかったんですか?」
「それはないです!あの……。いえ、そろそろ行きましょうか」
その先は口にしても仕方がない。
伝票を手にして立ち上がった大祐は先にレジを済ませて、リカを振り返る。
「稲葉さん。ここ、ナポリタンもあったみたいですよ?」
「そこ言います?もう……。今は普通にタバスコも使います」
「そうですよね。ちょっとかけすぎることもないんですよね」
あの時、泣いたリカをあてこするようにからかうと、負けず嫌いのリカがすぐに食いついてくる。店は地下だったために、上に向かう階段を上りながら、いつものガツガツが顔を出した。
「あれは!タバスコが、ちょっと加減が分からなかっただけですって言ったじゃないですか。空井さんが、コールスローも食べてたし、私は、ちょっと我慢しただけで……きゃっ!」
「あぶ……っ」
普段からリカはヒールの靴を履いている。よく踵のある靴であれだけ走れると思うのだが、平気で走ってくるくらいなのに。
少しだけからかった大祐に向きになったリカが半歩遅れて階段を上っていた途中で、滑り止めのステップに躓いて、そのまま階段に向かって倒れこみそうになる。
視界の隅でリカをとらえていた大祐は、反射的に体をひねって、左手で手すりを掴むと、右腕でリカを支えた。
「稲葉さん、大丈夫ですか?気を付けて……」
「……っ、ありがとうございます」
「え、どうか……」
倒れこむ寸前で抱き留められてよかった、と思ったのに、一瞬で真っ赤になったリカに怪訝そうな顔をした大祐は、次の瞬間にその意味を理解する。
「あぁぁぁっ、いや、あの!!わざとじゃないんですけど!すみません!」
すぐに手すりにつかまって大祐の腕から離れようとしたリカから離れがたい、とでもいいそうに添えていた腕が、リカの胸のあたりに触れていて、飛び上がるように大祐はその腕をひっこめた。
ぶんぶん、と音がしそうな勢いで頭を振ったリカが、大祐の腕を掴む。
「大丈夫です!あの、別にささやか過ぎて……、いえ!助けていただいてありがとうございます。気にしないでください。行きましょう!」
大祐の腕を掴んだリカは、その手では腕を掴み切れずにそのまま滑らせるようにして大きな手とつなぐ。そのまま、振り返らずに階段を上っていくリカに、引きずられるようにして、大祐も地上まで階段を上った。
互いに、耳が熱いのは気のせいだと思うことにして、手を繋いだまま人の流れに乗って歩き出す。
日差しは、まだまだ灼ける様に暑かった。