思い出すと妖しいことまで思い出してしまいそうになって、ぶるぶると頭を振ったリカはため息をつく。
体に残るだるさが頭をぼんやりさせてしまって、何度もしっかりしなきゃと思っていたのだがどうにも今日は駄目らしい。
どうしたんだろう、と思うと、どうしても濃厚な時間まで思い出してしまうことになる。
大祐があんな風に求めてくることはあまりない。バレンタインやクリスマスのようなときに、互いに盛り上がることはあったが、それにしても何かが違った。
不愉快なことがあったのか、なんなのか、あのあとも大祐は何も答えてはくれず、ただゴメンと繰り返していた。
たまたま何かあったのかもしれない。
そう思おうとしたのだが、それからしばらくしてリカは柚木と飲みに行くことになる。
待ち合わせの店は、にぎやかな店ではなく静かにひっそりと語り合えるような店を選んでいる。
「で?なんなのよ。わざわざ呼び出してさ」
「うー……。だから、相談に乗って欲しいっていったじゃないですか」
とりあえずの一杯が運ばれてくるまでは、ひさしぶりだの、元気かなどといっていたが、一口酒を口にすると柚木のほうから突っ込み始めた。
「だからあんなじゃわかんないっつーの。空井の様子がおかしいってなによ?」
「えーと、ですね。だから様子がおかしくて、その理由がわかんないんですってば」
「様子がおかしいだけじゃわかんないでしょーよ」
ひどく歯切れの悪いリカがますます気になったのか、どういうことよ、とつっこんだ。
「まずいつからおかしいのよ?」
「いち……うーん。今思えば、もっと前からかもしれないんですけど、はっきり変だなって思ったのはここしばらくのことですかね」
「ふん……。で?どんな感じなの?」
「それは……」
グラスを弄ぶようにして視線を逸らしたリカは、店が明るければ顔が赤くなったことがはっきりわかっただろう。
どちらかというと、鈍い同士の会話だけにそんなことではどうおかしいのか伝わるわけもない。柚木は、ずいっと顔をよせる。
「それは?」
「あの……、ま、槇さんはその、しゅ、執着というか、あの、その」
「なんだよ、いらいらすんな。はっきり言え。何が執着……、ってまさか」
ふっと頭をよぎったのか、まじまじとリカの顔をみた柚木は、薄暗い店の中でも今度ははっきりと真っ赤になったリカにはは~ん、と頷いた。
「そーいうことか!何、あいつそんなにすごいの?」
「す、すごいっていうか、その、なんか」
にやにやと笑う柚木に、リカは叫ぶように言ってからグラスのカクテルを一気飲みする。
「何々、どういう感じよ。執着ってことはねちっこいわけ?」
「ち、ちがっ、や、あの……、だから!槇さんはそういうことはないでしょうかっ」
重ねて繰り返すリカをからかうつもりだったが、どうやらリカが真剣に困っているらしい様子にそうだねぇ、と考えこむ。
「ん、まああいつはむっつりっつーか、もともとそういうやつだからあんまり変わることはないけど」
「もともとって槙さん、そんなにすごいんですか?!」
「すごいってアンタ、どんなの想像してんのよ!そういうリカこそ、どんなすごいのか言いなさいよ」
「それが……、なんていうか」
口ごもったリカは、深いため息をついた。
リカがぐったりするほど求められた何度目かのあと、意を決して大祐に訴えた。
ソファで大祐とビールを飲んでいるうちに抱き寄せられて、耳元に熱い唇を押し付けられた。憂いを含んだ大祐の目に間近で見つめられると、駄目だという拒否も弱弱しくなってしまう。
「あ、あのっ、大祐さん。ちょっと待って!」
「ん……。やだ」
「や、ホントに!お願い、待って。話を聞いて」
「何?」
アルコールが入っていれば酔うまでいかなくても、ほんのり目元が赤くなった大祐はリカが待ったをかけている間も、耳たぶを唇で食んだり、耳の輪郭に舌を這わせてくる。
「あの、待って。ほんと、あのね。その、嫌だとかそういうことじゃなくて……んっ」
思わず息を詰めたリカの肩に腕が回る。流されないように懸命に理性を保とうとする。
「駄目、あの、ね。あの、明日も仕事あるし」
「……ん。嫌?」
耳の奥に息を吹きかけるように囁かれると、びくっと首をすくめてしまう。
「嫌っていうか……、あの、もうちょっと、手加減……をね」
「……わかった」
わかった、という言葉にほっとしたのは一瞬で、首筋に落とされたキスは獰猛さが増した気がした。
長い指もたちが悪いがその唇もたちが悪い。
耳元から首筋に降りた唇と、抱き寄せていた腕とは反対側の手がするっと部屋着の裾から滑り込んでくる。
少しひんやりした手が肌をなぞるとびくっと緊張してしまう。
「大祐さ……ん、あの……っ」
「うん。優しくする」
―― そーいうことじゃないのっ
こくっと、息をのんだリカをあっという間に大祐は飲み込んでしまった。