ふー、と一人だから大きなため息をついた大祐は、缶ビールに冷蔵庫にあったものを適当に並べてソファの手前に腰を下ろしていた。
今日は、柚木と飲んでくるからときいていたので、一人で適当に済ますつもりでいる。
テレビの中も番組改編期らしく、特番が多くて何やら賑やかなお笑い番組をかけてはいるが、瞬間的に笑っても心からはなかなか笑えない。
その話はしばらく前に噂として聞いたところからだ。
次の異動の名簿に上がっているらしいという噂を聞いて、初めはそれも仕方がないかと思っていた。
なにせ、希望をだして松島に行き、そこから異動して戻るときもイレギュラーな異動ではあったから、次はそうはいかないという覚悟もしていた。
あくまで噂レベルで、外れることもあることもわかっているが、だいたいそのリストに名前が上がればどこかには異動になる確率がかなり高い。
日がたてばたつほど、その重さはじわじわとしみこんできて、離れたくないという気持ちが抑えきれなくなっている。
すべて覚悟の上でそれでも一緒に生きたいと思ったから一緒になったとはいえ、初めから離れていたうちはよくても一度こうして一緒に暮らしてしまうと、手放すことを強烈に恐れるようになった。
今のリカの仕事も仕事にかける気持ちも、子供のころからだという夢も理解している。
簡単にやめろとは言えるわけもなく、自分について来てそのキャリアを無駄にしろともいえるわけがない。それは大祐も同じことなわけで、じゃあ自分が辞めると言ってもきっとリカは反対するだろう。
―― でも……。離れたくないんだよなぁ
狂おしいくらい、触れるぬくもりも、ひまわりのような笑顔も、不器用なのに精一杯ぶつけてくる愛情も何もかも。
傍にいて、毎日こうしていられる時間がどれほど愛おしいか、きっとリカは知らない。
淋しいとは言ってくれるかもしれない。
でも、きっとリカは無理矢理笑顔を作って、目一杯明るく振る舞って準備をしてくれるだろう。
それを黙ってみていられる自信なんてなかった。
「……俺の方が泣いてる回数が多いってまた言われるだろうなぁ」
浅はかだとか、馬鹿だと言われるとは思ったが、せめて腕の中にいてくれる間だけでも思い切り温もりを感じて、あわよくば、離れられないと思ってもらえるならいい。
温くなる前にあけた缶ビールの残りを飲みほして新しい缶を持ってくる。
だからといって、もしリカが今仕事をやめるとか、一緒についてくるといったら自分が絶対に止めるだろうとも思っていたのだけれど。
―― それでもいい。蕩けて、触れ合って、混ざり合って離れずにすむなら……
途中からろくに食べもせずにビールを飲んだのと、このところの寝不足続きで眠ってしまった。
食べかけの残り物と冷蔵庫にあったチーズが机の上で干からびていく。明かりもテレビもついたままで、瞼が閉じていった。
「ただいまー……」
そーっと部屋に入ったリカは、テレビの音で大祐がまだ起きていると思ってソファに近づいた。すっかり遅くなってしまっただけに、悪いことをしたなと思って覗き込んだところで足を止めた。
すう、すう、という寝息にそーっと手を伸ばしたリカはテレビのボリュームを下げる。
そして、いつもソファにおいているひざ掛けを大祐の体にかけて、奥に入った。
服を着替えて、テーブルの上を片付ける。それでも起きない大祐をそのままにしておいて、シャワーを浴びてベッドを整えた。
そっと大祐の肩を揺らす。
「大祐さん……、おきて。ベッドで寝よう」
「ん……。んん、リカ?」
「うん。ベッドで寝よう」
「う……ん」
うつらうつらとしていた大祐は、生返事を返したあとまた眠りそうになる。その大祐の腕を引いて、無理やりベッドへと連れて行く。
先に長身をベッドに押し込むと電気を消して隣に滑り込む。
「……リカ。おかえり」
「ん。明日土曜日でお休みだし、ゆっくり寝よう」
半分まだ眠った状態の大祐は寄り添ったリカにようやく気づいたのか、その胸の鼓動に耳を傾けるように細い体を抱きしめた。
「リカさんだー……」
「んー?大祐さん?」
「うん。……自分、稲葉さん……傍にいてくれると……」
もそもそと呟いている大祐にリカも腕をまわす。柔らかな細いふわふわの髪に頬を寄せた。
「なーんですか。……空井さん」
「稲葉さ……。俺……、なでてて……」
頬を寄せて髪を撫でていると、それが気持ちいいのか無意識にねだられて、繰り返す。
「リカさん……」
呼び方が行き来して夢の中に落ちていく大祐を抱きしめたまま、その暖かさにリカも眠りに落ちていった。
夢の中でリカが笑いながら先を歩いていく。初めは笑いながらその後を追いかけていくのに、どんどん離れていってしまう。それが嫌で、急ぎ足になるのに近づけない。
『リカ……!』
待って、といいたいのに、なかなか届かなくて、気持ちだけが焦っていく。
「……っ!」
眠っている間に、まったくの無意識で大祐はリカをぎゅっと抱きしめていた。
息が止まっていたのかと思うくらい、心臓がばくばくしていて大きく息を吸い込んだ。すがるように抱きしめていた大祐は、少しずつ我に返るとそこが家のベッドで、リカを抱きしめていることにようやく気づいた。
「……もうおきたの?」
眠そうなリカの声に首を振って、柔らかな胸の谷間に頬を寄せる。
「ごめん。……起こしたね」
「いいよ。……空井さんだもん」
「んー?」
ふふっと眠そうなのに笑ったリカの胸が上下する。
「ゆーべ、大祐さん。寝ぼけて稲葉さんって言うから……」
「覚えてない。そんなこと言った?」
「言ったよー……。甘えてたー……」
小さく鼻を鳴らしたリカにすりすりと頬をこすりつけているうちに柔らかな胸に顔を押し付ける。
「もっと甘えようかなー」
「んー……?」
かぷっと胸を甘噛みした大祐は、布団の中にもっと深くもぐりこんだ。