問い詰めてもはぐらかす大祐に振り回されて、多少の手加減はされるようになったものの忙しい番組改変期を乗り切るのはなかなか辛い。
「だからなぁ」
「……いい!言わなくていいってば」
「言わなかったら俺がわざわざ顔出す意味ないだろうが!」
向かい合って社食に座った藤枝にじろりと睨まれる。
さばみそ煮にばすっと箸を突き刺した藤枝は、しみじみと深いため息をついた。
「空井夫婦になんかあると、俺んとこに来るんだぞ。さっさと吐け」
「いいいい、いや……、あの……」
「ちなみに先に言っておくと、柚木さんからも連絡は来てる」
「!!」
うぐ。
言葉につまったリカは、おなじみのカレーの上でスプーンを迷わせている。
柚木がドコまで話したのかはわからないが、ある程度はばれているということだ。
がくっと頭を下げたリカは、渋々口を開いた。
「……だからぁ、だい……空井さんが、その、ちょっと」
「ナーバスになってるんだって?」
「……うん」
「ふー……」
深いため息を聞いたリカが身を縮こまらせる。迷惑をかけているつもりはなくても、迷惑だといわれているようでしょんぼりしてしまう。
とん、とん、とん、とテーブルを指で叩いた藤枝は、何かを切り替えたのか、ご飯に手をのばした。
「お前、次も変わらないんだろ?」
「ん?何?」
「だから仕事」
さらりととんだ話に、ふっと力が抜けて、つられるようにスプーンを口に運ぶ。
「変わらない。ていうか、増えた」
「いいじゃん」
「あんたもでしょ?」
「まあな」
ふうむ、と黙ってリカを見る藤枝になにかの違和感を感じてリカが首を捻った。
「何?どういうこと」
「だからさ、空井君もそろそろなんじゃないの?」
「え?だって、空井さんはこっちに戻ってそれほどたってないはず」
「んでも、もともとこっちにいたわけだろ?それ考えたら」
ん?と首を傾げた藤枝に、目を見開いた。
「え、え?そういうこと?異動しちゃうってこと?!」
「まあ、その可能性あるんじゃね?決まりかけてるけど確定してないから言い出せないのか、決まってても言い出せないのかはわかんないけど。そういう時期だろ」
えぇぇ、と固まってしまったリカに肩を竦めた藤枝はもうヒントを出すだけだしたからと、自分の食事に戻る。
だが、リカのほうは半ば呆然としてしまって、食事どころではない。
一人、ぶつぶつと、どういうこと、なんで?、そうなの?と呟くリカに、そういえばと、なんでもない風で口にする。
「柚木さんは空井君が稲葉にべったりになってるっていってたけど、それって普通、ただ仲いいだけじゃねーの?そこがナイーブって意味深」
「……え?何?」
「だから、ナイーブってどういうことかってきいてんの」
「あ……!ああ、あの、うん。なんか変ってかんじ?」
にやにやする藤枝を前にして、もともと動揺すると何でも顔に出てしまうリカなので、カレーを諦めて席を立つ。
「まあ、あの、悪かったわね。とにかく、大丈夫だから気にしないで!」
「あ、おい」
「じゃ!!」
ばたばたと逃げるようにトレイと残したカレーを片付けて、フロアに戻ったリカはドリンクスタンドのコーヒーを入れた。
てっきりというのもおかしいが、大祐がこちらに戻ってきて、一緒に暮らすようになって一年たったかどうか。それで異動が来るとはまったく思っていなかった。
―― まだ先だと思ってたのに……
覚悟はしているつもりだった。
それでも一緒に生きると決めて一緒になったはずなのに。やっぱり動揺する。
仕事を辞めるつもりもないし、大祐の異動はそういうものだと思っていたから受け入れるつもりだったのに、それで大祐がおかしかったのだと思うと、納得ができた。
一緒にいたい。
それは感情論だとわかっているけれど、大祐がべったりと一緒にいる時間を惜しむようだったのかと思うと、泣きそうになる。
それと同時に早く言ってくれればよかったのに、とも思う。
帰って、大祐と話をしなければ。
ふ、と息を吐いてリカは仕事を片付け始めた。
早めに帰宅したものの、結局なかなか切り出せずにそのまま時間が過ぎてしまった。
週末でもないのに、珍しく少し遅いと連絡が入った後、それほど遅くもない時間にほろ酔いで大祐が帰って来た。ちょうど風呂に入っていたリカは、ドアの前でこんこん、とノックに返事を返す。
「リカー。ただいまー」
「おかえりなさーい」
「向こうにいるねー」
妙に機嫌がよさそうな大祐におや、と思いながら濡れた髪をまとめて早めに風呂をでた。
タオルで髪を押さえながら風呂を出ると、大祐はスーツを着替えて機嫌よくビールを飲んでいる。
「お腹すいてない?」
「うん。結構食べたよ」
「何かおつまみいる?」
「いや、大丈夫。髪、乾かしておいで」
頷いてドライヤーを手にした後、ふわふわの髪を揺らして戻ってくる。
「大祐さん、なんかご機嫌」
「うん?そうかなぁ?」
「そうみえる。なんかいいことあった?」
「いや、別になんでもないよ」
なんでもないといいながら、ひどく機嫌がいいのは間違いない。
首を捻ったものの、携帯を手にしたリカは、一足先にベッドに寝そべった。