彼女とお茶してその後…4

「俺、同僚が稲葉だって話ましたっけ?」
「いいえ。でも、初めにお二人が一緒の時にお目にかかった時に、何となく」
「なんとなく」
「ええ、なんとなく」

意味深な言い回しに、探るような目を向けると、西村も何となく、と繰り返す。相手は年上の女性で、きっとその分だけ自分よりも勘がいい。

「藤枝さんには酸っぱいブドウかなと」

―― おっと。

鋭いな、と思うのと同時に、出会った時だからこそのことで、今は違うのだと目の色で伝わるだろうか。

「稲葉が酸っぱいブドウ?それはどうかな。とうに人様のものですからねぇ」
「だからこそなんですか?」

その問いには年に似合わず悪戯っ子のような目がきらきらしていて、藤枝は苦笑いを浮かべた。

「俺は……」
「ん?」
「酸っぱいかどうかはさておき、見ていて興味は尽きませんけどね。俺はこれでも妙に器用なんですよ。大抵のことはそこそここなせるんですよ。ちょっとやればね」

運ばれてきたビールに手を伸ばすとこくりと喉を流れ込む。

口の端をあげた藤枝はグラスを傾けたまま、続ける。

「努力なんか、ほとんどしたことがなくて。しなくてもある程度はできるんでその先が見えるから面白くもない。でも、あいつはそうじゃないんですよ。うまくやろうとかそういうことを考えるんじゃなくて、その時思いついたことにがむしゃらに向かっていくんです。時々、こっちがうんざりするくらい熱かったり、鬱陶しいくらいおせっかいだったりするんですけど、見てて面白くて。だんだん、俺もみてるだけじゃなくて、どうせやるなら先が見えたなんて言ってないで、とことんまでやってみようかなって思ったんですよ」

ロングのビールグラスはすぐに表に水滴がついて、ガラスを濁らせる。そこに指を滑らせた西村はきゅっと小さな音をさせて曇りをとった。

「藤枝さんはもともとそういう熱いところがあったんじゃないですか?」

ふふ、と一つ謎を解いたように笑った。

「私、きっと藤枝さんから見たらおばさんだけど」

少しだけ藤枝が苛立つ一言を差し挟んでから、わざと大人ぶった顔をする。

「私なんていまだにそうだから。呆れるでしょう?でも、そのまんまにはできなくて、今じゃすっかりお局様です」
「お局様って、ちょっと意味が違うんじゃないですか?」
「あれ?そうなの?」

天然なのかなんなのかわからないが、こんな頭のいい人がどうしてと言うくらい素で目を丸くしているから呆れながら藤枝は口を開いた。

「人に仕事を任せられなかったり、年齢が下の人たちを仕切ったりする人、ですかね。西村さんはそんなことないと思いますよ?」
「それは買い被りですよ。藤枝さんは私の仕事しているところ知らないでしょう?」

下ろした髪を片耳にかけて笑った西村がひどく可愛らしく見えて、片眉を上げた藤枝は小さく首を振った。

「そうでもないですよ?本当に西村さんがお局だったらきっと西村さんの下の人たちはついて行ってなかったと思いますよ」
「そんなことないです。皆、おばさんが癇癪起こしたり、面倒くさくて仕方なく言うことを聞いてるのよ。忙しければ苛々しちゃいますし、八つ当たりもするし、面倒ばっかり引き受けてくるし」
「あはは。稲葉に似てますよ。でも違うのは、西村さんはちゃんと仕事になっていることかな」

密着取材の間に、西村が受けて終わらせた仕事は顧客の情報にもかかわるからと言って、映像には残せなかったが、ほかのチームの人々の仕事と見比べると恐ろしく多く見えた。
しかも、ほかの皆が音を上げた仕事をすべて引き受けて、無理を言ってその小さなチームと言う船で乗り切って見せていた。

チームのメンバーには、勘弁してくださいと言われたり、腹を立てていたメンバーもいたが、散々文句を言っても、誰もがほかのチームの面々より、優秀らしかった。残業していても、どんなに遅い時間でも、限界点を見極めて、短時間で状況を巻き取って、収束させていく。

リカはそこで一人で突っ走っていくが、西村はそこでチームを率いて、誰か一人ではなく全員で向かっていくところが大きく違う。

「俺達の場合は、一人の仕事だったりすることが多いんで、うらやましいですよ」
「いえいえ、こんなおばさん、傍にいたら、面倒くさくて仕方ないですよ」

ありえないからと、自分で線を引こうとする、西村に手を伸ばした藤枝は、初めてグラスを持つ手に触れた。

「いちいち、おばさんっていう必要ないから。俺からすると、確かに西村さんは俺よりも年上だっていうのはわかってるけど、全然おばさんじゃなくていい女だから」

一瞬だけ目の奥が不安げに揺れた気がしたが、そこは年の功だからなのか、褒められちゃった、と言って西村は軽く身を引いた。

「お待たせしましたー」

いくつかの串焼きが運ばれてきて、美味しそう、と目を輝かせる。それぞれの取り皿に取り分けて箸を伸ばした。

「褒められて嬉しいし、久々の串焼きもめちゃおいしそうでついてるな。いただきます」

箸をきれいに動かして、串から砂肝とレバーをそれぞればらした後、七味唐辛子にちょっとだけつけたものを口に入れる。
塩味メインの串焼きだったが、程よく焼けていて、どちらかと言えば柔らかいのにちゃんと火が通っていた。美味しいからもったいないな、という西村を見ながら、藤枝も串の先の方だけはそのまま口へと運ぶ。

「やっぱ、ここのうまい」

リーズナブルで、隠れ家的なこの店を随分気に入って使っている。ここのところは来てなかったがやはりおいしいと思う。
すぐに空になったグラスに、ビールを二つ頼んだ。

「あ、私、そんなに飲めないので……」
「いいからいいから。たまには酔っぱらうのも大事だよ」
「そんなことないでしょ。可愛い若手女子ならまだしも」

女性が年齢を気にするのはわからなくもない。それで判断されることが少なくないからだ。それでも、世の中には聞けばへぇ、と思いはしても、どうだっていい男の方が多いこともある。

―― おばさん、おばさん、て線を引こうとするけど……

「まったく、西村さんは俺のことをどう思ってるんですか」

―― あ……っ

思わず自分の口から飛び出した一言に自分が一番驚いた気がする。西村の顔を見られなくなって、その場で固まってしまった藤枝に間をおいてから西村は静かに言った。

投稿者 kogetsu

「彼女とお茶してその後…4」に2件のコメントがあります
  1. 「酸っぱいブドウ」って言い得てる・・。しかも、狐さんだしっ・・。

    表面だけでなく藤枝を見てくれる女性。続きが気になります。

    1. シナモン様
      こんばんはー。内緒話ではない普通のコメは久々です(笑)
      ありがとうございまーす。つづきますよー。

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