彼女とお茶してその後…11

おそらく、男にはない感覚だろう。いいことがあったから共有したいと誰かに思うなんてほとんどない。ただいいことがあれば機嫌はよくなるが、それをされてどう感じるかなんて今までも考えたことがなかった。
今まで女の子たちもそんなようなことを言ってくれていたのに、ちょっとかわいいな、と思っても、頭のどこかではいはい、と受け流していた気がする。

―― 本当に好きな相手にされると、女の計算だとかそんなことぶっ飛ばしてかわいいって思ってしまうもんなんだなぁ

ぎゅっと胸を締め付けられるような感覚は、自分がみっともなくても今、めちゃくちゃ抱きしめたい、に変換される。

「藤枝さん?」

デザートが出るような店でもない。一通りは食べ終えているし、混み合っている店の中だけに、伝票に手を伸ばした藤枝は行きましょうか、と立ち上がった。

「あ、ええ」

一瞬、戸惑った色を見せたが西村は頷いてバックを手にした。ジャケットに袖を通して会計に向かう藤枝の後を急いで追いかけた西村に、ここはいいです、といって財布をだした。
いつもの問答だが、今日は先に西村の手がトレイに金を滑り込ませる。

「駄目ですよ。今日は連絡が遅くなったお詫びも兼ねて私が」

藤枝を止めるためにとはいえ、そっと腕を押さえて狭い空間に割り込んだ西村が会計を済ませる。その様子を間近でみながら藤枝は腕を掴まれたままでいた。

触れられた腕に神経が向いてしまう。
釣銭を受け取って、財布をしまうと我に返って、西村の手を腕にしたままで、立ち飲みで込み合っている間を抜けて店をでる。その店自体、飲み屋街とオフィスビルの立ち並ぶあたりとのちょうど境にあたる大通りから狭い路地を入った場所にあった。知らなければたどり着けないだろう場所から離れて、大きな通りに出ると藤枝は、西村の手を握って歩き出した。

「……行きましょう」
「どこへ?」

前触れもなく握られた手に苦笑いを浮かべた西村は、特に嫌がることもなくそのまま藤枝に続いて歩いていく。小走りになって、大股で歩く藤枝に並んだ時には、通りに出ていた。

どこへ、とは言わずに手を挙げた藤枝はタクシーを止める。

「乗って」

促されるままにタクシーに乗り込んだ西村の後から藤枝も乗り込む。ドアが閉まると、藤枝は行き先を告げた。

「藤枝さんの家の近く?」

最寄駅が聞いていた藤枝の家の近くだなと思った西村が問いかけると、それには答えずに、そういえば、と口を開く。

「西村さん、普段はお茶なんですか?酒飲まないとしたら」
「あ、ええ。お茶が一番多いかな。コーヒーも飲むけど、たまにこういうホイップたっぷりの甘ーい奴のむくらい」

手振りでカップの様子を見せた西村の様子にエアでその手の中のカップを取る。そして、藤枝の手の中でカップはいつものプラカップに代わる。

「うちはこんな感じ。つい飲み口噛んじゃうんだよね」
「あっ、それはわかるかも……」

そう言いながら、西村は窓の外を流れる風景を見ていたようだ。何度も話しかけられては視線を表に向けた西村には何となく想像がついていたのかもしれない。
藤枝の家の近くまで向かったタクシーは、狭い住宅地の間を抜けて一方通行の道を藤枝の道案内で抜けると、駅の賑やかな方とは逆側に出て止まった。

「こちらでよろしいですか」
「ええ。どうもありがとうございます」

止まったメーターを見て財布を出そうとした西村よりも先に、ポケットから札を数枚差し出した藤枝は、釣りを受け取ると、先に降りた。
留まっている理由もない。西村もその後に続いてタクシーを降りると、道の脇に立った藤枝が片手を広げる。

「あそこが俺の家です」

視線を振った先にマンションがあって、ちらりと視線を向けた西村は怒るでもなく、困るでもなく、ただ、愉快そうに頷いた。

「そうなんですね。それで」
「行く先はこっち」

藤枝はもう一度、広げた掌を伸ばして、マンションの方向よりも少し下の、二人が立っている道のすぐ脇を示した。小さな駅前の商店街からのびた道には、もうほとんどがシャッターを下ろしていたが、いくつか灯りのついている店がある。
入口がいかにも雰囲気のいい和食屋か、何かを思わせる店構えの店に連れて行こうと思ったのだ。

「なるほど。……ありがとう、藤枝さん」
「え?」

自宅の近所まで強引に連れてきた藤枝に、唐突なありがとうは意味がよくわからない。問い返した藤枝から一歩離れた西村は、肩にかけたバッグをぎゅっと押さえる。

「藤枝さんみたいな人となかなか知り合いになれる事ってないから、つい甘えさせていただいて。いい夢を見せてもらってありがとう」

一瞬、何を言われているのかわからなくて、それから次の瞬間、ざわっと背筋に冷たい汗がふき出した気がした。
確かにこれから連れて行こうと思っていた店はいい店で、何人か女の子を連れてきたこともある。当然のように、その後は自宅へと連れて行ったわけだが、それを見透かされているような気がして、冷や汗が出る。

―― これは……やんわり断られてるのか?

なにも伝えていない。
はっきりと伝えなくとも、付き合いが始まるのが大人の付き合いともいえるとはいえ、意思を伝える前に先手を取られて終わることに慌ててしまう。

「や……、あの。ありがとうって別に礼を言われることじゃないし!それにっ」

あっと思わず手を伸ばしてしまう。西村が一歩藤枝の前から離れたからだ。

「……少し」
「え?」
「いいえ。せっかくですけど、今日は帰りますね」
「待って!」

そのまま帰ってしまったらもう二度と誘っても会ってはくれない気がして、藤枝は伸ばした手のままで届かない距離の分踏み出した。掴んだ腕に驚いて西村が振り返る。

「今日はっていいましたよね?今帰っても、次は必ず会ってくれますよね?」
「藤枝さ……」
「好きです!」

―― 自分でも思いがけないことってあるんだな……

まさか、いくら人通りが少ない場所だからと言って、こんな風に振られそうな空気を察して道路の真ん中で安いドラマのような告白をするなんて思ってもいなかった。
口から出た後に、自分でも違和感を感じて、あれっと小さく呟く。

「……俺、今……。……なんていいましたっけ?」

時間が止まったような、なんて陳腐な表現をドラマや本では見かけていても本当はそんなことはないんだと妙に冷静に考える。
止まるというより、ここから先どうしていいのか全く思い浮かばないまま、どうしよう、という言葉が真っ白になった頭の中をぐるぐると巡っていた。

投稿者 kogetsu

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