食事の誘い以外、これといった話題があるわけでもなければ気軽にメールが出せていたわけではない。
だからこそ、あれ以来メールは出していない。今までもこんな調子だったので、いきなり変わるわけではないが何となく、喉の奥に刺さった棘の様に気になっていた。
「よう、稲葉」
「おう。今日、夜飲むんでしょ?」
夕方、帝都イブニングの放送に顔を出した藤枝は、自分の担当するコーナーを控えてスタジオに入るところだった。スタッフにキューシートの修正を伝えにスタジオに降りていたリカが顔を上げた。
放送終りから反省会をやったとしても19時過ぎには終わる。それから男飲みの約束を空井とかわしていたのだ。
「どう、空井君。忙しそう?」
「んー、そうね。ほどほどには。でも今日は楽しみにしてるみたい。絶対終わらせていくって言ってた」
「そっか」
それだけ言うと、ピンマイクの着いた場所をちょいちょいと手で直した藤枝が控える。リカが上に上がると、しばらくして放送が始まった。
……―-
「お疲れ様でしたー」
放送終りから反省会を経て、スーツを私服に着替える。ロッカーに入れる前にスーツには消臭としわ取りスプレーをふってしまうと、袖口を軽く引き上げた。
携帯を見ると大体予定通りの時間だ。
これで相手が女子ならメールをするなりなんなりするところだが、相手は男だ。店もわかっているわけで特に連絡をすることもなく、局を出て店に向かう。
先につくかなと思いながら、見知った半地下の店に降りていくとカウンターに不似合にも見えるスーツ姿の男が座っていた。
「おー、お疲れ。空井君、早いじゃん」
「藤枝さん」
くるりと振り返った大祐は、生真面目に飲まずに水だけを手にして待っていたらしい。その姿勢の良さも空井らしかった。
一つ置いた席にバッグを置いて、空井の隣に腰を下ろす。
「お待たせだったね。ビール?」
「うん、ビールで」
マスターにビールを二つ頼み、適当にいくつかつまみになりそうなものを頼む。
「お疲れ」
頷いてグラスを合わせると、軽くちん、と当ててからぐーっと一息に飲む。藤枝が三分の一ほど飲み干したが、大祐は、逆に四分の一を残して飲み干してしまう。
「いくねぇ」
「待ってたからね」
にやっと笑って、残りの一口を飲み干してしまうと、すぐにおかわりを頼む。呆気にとられていると、藤枝さんは?と顔を向けられた。
「待ってよ、初めから飛ばすのは無理だって」
「飛ばしてるうちに入らないだろ?」
「そういうなって。空井君たちのレベルと一緒になんないよ?」
かわんねぇよ、と言う口調に男の藤枝もドキッとしてしまう。これは女子にはギャップ萌どころかクルよなぁと思いながら、お通し代わりに出されたチーズのスティック揚げに手を伸ばした。
「空井君、やっぱ、変わるね。雰囲気がさ」
「なんだよ。ため口でって言ったのはそっちだろ?」
「そうだけどさ。稲葉の話聞いてると空井君ってワンコキャラに見えるけどやっぱ、しっかり男だよなぁ」
「当たり前だろ。てか、何?そのワンコキャラって。俺、そんなイメージ?」
自分がどれだけ情けない顔をしているのか自覚もない大祐に、藤枝は片肘をついて隣の一見、優男に見える男を見た。
「両方だな。稲葉が言うときはワンコキャラだけど、結構肉食男子ってやつ?」
「そりゃあ……」
今度は大祐の方が苦笑いを浮かべる。肉食か否かは自分ではわからないが、少なくともいわゆる草食系とかいうやつではイーグルには乗れない。
それよりも、大祐にはこの前から藤枝の様子が気にかかっていた。正直に言えば、リカから聞いていた藤枝の恋愛と言うやつで弱っているらしいとは聞いていたが、藤枝ほどの男がそんなことはないだろうと思っていたのだ。
「藤枝さん、リカがうるさくてすみません」
「ああ。あいつ、なんか言ってますか」
「まあ、言ってますねぇ」
そこだけはため口から戻って、軽く頭を下げる。あまり触れるなとも言いづらいだけに、家にいては苦笑いで話を聞いているだけだが、それを本人にも言っていると思うと、申し訳ない気分になるのだ。
「すみません。駄目だって言うのもなんか言いづらくて……」
「まあ、だろうね。あいつだと特にね」
「まあ、ね……」
お互いそこは簡単に推測がつく。苦笑いを浮かべてどちらからともなくグラスを合わせた。
「まあ、あいつなりに心配してるってのはわかるんだけどね。なんつーの?自分の恋愛相談のお返しみたいな気分なんじゃないの」
ごほっと、むせた大祐が、何ともいえない顔で天を仰ぐ。にやにやしている藤枝に、ちらりと一瞥をくれてからビールを飲み干した。
「……色々とご迷惑をかけまして」
「それも継続中だけどな?あいつ、ほんとに鈍いし?なんだか肉食男子に食われた後はヘロヘロになって会社に来ることも」
「藤枝さんっ!」
先手必勝とばかりに仕掛けてきた藤枝に、真っ赤になった大祐が大きな声で遮った。
「……飲みましょう!マスター、ロックで!」
くっくっくと笑っていた藤枝に恨めしい顔を向けていた大祐に、何か言いたげな顔をされているのはわかっていたが、あえて見ないふりをして追加で目の前に来たロックを見た。
「なあ、空井君さぁ。あいつ、面倒くさいでしょ?」
「え?あ、……リカ?」
黙って片眉をあげると、うーん、と小さく唸る声がする。正面切っての話は何もしていないが、さすがに言いづらいかなと思っていたが、しばらく黙りこんだ後大祐は口を開いた。
「……面倒な人だと思うよ。すごく。藤枝さんにはどう見えてるのかわからないけど、俺から見たリカはすごく面倒くさい人だよ。素直な時と、素直じゃない時があって、一生懸命なんだけど、周りがすぐに見えなくなるし、頑固だし」
「……意外。冷静に見てるんだ」
思いがけない大祐の話に、思わず目を丸くしてしまう。あれだけ大恋愛をして一緒になった二人だから、相手のいいところしか見えてないんじゃないかとも思っていたが、思いのほか冷静な言葉に驚く。
確かに、頭のいい男だろうとは思っていたが、予想外だった。