どこも皆、取材を受ければ宣伝にもなる。好意的な対応で、ひとまず話を聞いてくれるという話になった。ようやく始まったともいえるし、これから先が長くなる。
すぐにアポイントを調整し始めて、土日も構わずに予定を入れた。今週はどうせ、大祐には会えないのだ。
次の週にはほとんどの取材先から了承を得て、企画は動き始めた。
全体のテーマと、ポイントになるようなネタと、最近では海外からも注目されているようなものと、いくつか組み合わせることも決まると、現場取材は主に珠輝に任せることにした。
「いいんですか?」
「ん。私はその次のネタに取り掛からなくちゃ。並行してどんどん動いてもらうから!」
今度こそ、チーフになるなら現場はディレクターに任せて、自分は中にいて全体を見渡せるようになろう。
今回、リカが目指していることはそこだった。それにしてもまだ企画は動き出したばかりで短くても放送までは3か月以上かかる。各社に持っていく企画書の詰めを話し合って、その日は引き上げることにした。
「今日のリカはなんか違う」
「そう?」
「うん。なんか、いつも以上に声が優しい」
疲れ切って帰ってきてもこうして大祐の声を聞いているだけで幸せな気持ちになる。
いつもなら、こんなことが仕事であって、と大祐に話すところだが、今回の仕事のことはまだ大祐には話していなかった。
「ひどい。いつもそんなに冷たいの? 私」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど、なんかね」
そうかな、と返事をしていても、特に今は話さなくてもよかった。
番組が出来上がってから見て欲しい。
だから、たまにはそんなときもあるよ、とだけ答えた。
「それより、いつも私ばっかり話してる気がする。大祐さん、話して」
「俺? 俺だって、いつもいっぱい話してるよ?」
「うん。でもいいの。大祐さんの声を聞いてたいの」
柔らかなリカの声が大祐の耳に届く。
―― またそんな風に俺を喜ばせるようなことを言う
電話のこちら側が見えてなくてよかったと思いながら大祐は何を話そうかと思い浮かべた。
「じゃあねぇ……」
うーん、と呟いてから最近の基地で流行っているくだらないことや仕事など、リカが相槌をうつのを聞きながら、延々と話し続けた。
大祐の仕事も今は地元の川開き、その後が札幌での展示飛行があるブルーの調整など、忙しい最中である。
結局、二週どころか、三週間目も会えずじまいで過ごした後は、電話で話していても、つい口を出そうになるのは会いたいという言葉だった。
「そろそろ寝ないとだめだよ。忙しいんだから、寝る時間くらいはちゃんとしないと」
「うん。……あれっ?」
「何?」
そろそろ寝ようかという話をし始めたところで、不意にリカが何かを思い出したような声を上げた。
「大祐さん、この前会ったのって……。んーと、先月の最後の週だよね?」
「うん。今月は五週目まであるから来週会えなかったら丸一か月会えないってことになるけど」
あまり嫌味には聞こえないように注意をしながら、大祐がそう言うのを、リカはあまり聞いていないようだった。
「そ……だよね。うん」
「リカ?」
「あ、ううん。なんでもない。一ヶ月だよね。うん」
妙に歯切れの悪いリカを怪訝に思いながらも、これ以上、長電話をさせるのは気がひけて、お休み、と電話を切った。
手の中ですっかり熱を持ってしまった携帯を充電器につなぐと、リカは鞄から手帳を取り出す。
どきどきして急に落ち着かない気持ちになる。
前回、大祐に会ったときは、自分も動揺したりして、色々あったわけだが、それから時間がたって。
「……まさか、だよね」
忙しさに忘れていた、というより、いつもなら予兆もあるので思い出すはずが忙しくてそれどころではなかったのか、それとも予兆がなかったのかさえ覚えていない。
どんなに忙しくても、今までリカは生理が狂ったことなどなかった。大祐と再会して久しぶりに抱かれることで女になってからも、結婚してからも、順調に来ていたから何とも思っていなかった。
本当は、たった数か月のことで、普通のカップルなら一月にも満たないくらいの時間しか一緒にいなかったとしても。
大祐と子供のことを話したことはなかったが、いつも気をつけてくれている。式さえまだの二人だからこそ、いずれはそういう話も出てくるはずだった。
焦りながら指を折って、何度、数えても十日以上遅れている。
色々なことが頭を駆け巡ってどうすればいいのかわからない。
「……どうしよ……」
どうしようと呟いても、するべきことならさすがに三十路近ければ、頭の中に知識はある。まずは薬局で検査薬を買ってきて、検査して、それから産婦人科に行って。
―― ちゃんと、確かめてから、大祐さんに言わなきゃ
クッションを抱いてソファに座り込むと、深くため息が出る。
こんなことになるなんて、考えもしなかった気がする。
つらつらと考えていると、思い出すのはリカが松島に行った時だ。怖い夢をみて、大祐にすがりついた。
次の日、大祐に謝られたが、夫婦なんだからと聞き流したときは、考えてもいなかった気がする。
いい年をして迂闊すぎると言えば迂闊だったが、まだ一緒になってようやくなのだ。二人でいられることに有頂天になっていたのは事実で。
「……なんて馬鹿なの。私」
幸せすぎて、目の前しか見えなくなっていた。