幸運にも窓際がとれたので、少しだけ大きめのシートに身を沈めると、買ったばかりのビニール袋をテーブルに置く。
携帯を出して、メールを開いた。
『大祐さん。まだお仕事ですか? 今日も忙しくて遅いかな?』
ひとまずそれだけを打って、メールを送ると、発車前のざわついていた車内がいつの間にか、収まるところに収まっていた。
緩やかな加速で、動き出した新幹線の窓から外を眺めたリカは、もう一通メールを打つ。
宛先は珠輝と藤枝だ。
やはり今日は無理がたたって具合が悪かったこと、そして夜になってますます辛くなってきたので、明日はもしかしたら休むかもしれないと書いて、さらにもう休むから何かあればメールで連絡をくれと送った。
電話では、さぼりがばれてしまうからだ。
―― ごめん。藤枝、珠輝
乗務員がおしぼりとドリンクのオーダーを聞いて回る。オレンジジュースを頼んで、手を拭うと、買ってきたお弁当をあけた。
今日初めて食事をした気がする。元々、このところ、忙しくて時間の合間に食べられるものを食べるような日ばかりだったのだ。新番組の始動にはそれだけ時間も負荷も大きくなる。
ほとんど食欲はなかったが、嫌でも食べよう。そう決めていた。
お弁当は、おいしい。でも、一口食べてそれでもう一杯だと思うところをなんとかお茶で流し込む。食べることに時間をかけている間に、藤枝と珠輝から続いてメールが届く。
どちらも無茶のしすぎだという叱りと、一日や二日くらい、リカが休んでも何の問題がないと二人ともそろって言っているのには、苦笑いが浮かんだ。
嘘をついているのに、本気で心配してくれる二人には申し訳ないが、その気持ちが嬉しい、というのも本当である。
「……ごめん、ね」
ぽつりと呟いたリカが携帯を置いてすぐにもう一度携帯が鳴った。
『お疲れ様。リカは今日は早いの? 俺はもう少しかかるかな。でも、いつもよりは早く帰れそうだよ』
大祐がすぐには動けなさそうだと判断したリカは、携帯を使って、仙台駅から矢本までのルートを探す。
「……最終はもう間に合わないか」
代行バスの時間はもう過ぎているが、松島海岸までならまだいけるはずだった。
一番、停車駅の少ない列車に乗っただけに、予想より早く仙台駅に着く。まだぎりぎり九時を過ぎたくらいなら、全く余裕だった。
以前のように、驚かせるために向かうのではない。
大祐にはもう一度、仕事が終わったら、帰る前に一度、メールがほしいと送ってあった。
自分一人で無茶なことをして心配させない。
我ながら、変わったなと少し思いながら、足早に仙石線のホームへ向かう。仙台駅は、一度新幹線の改札を出てしまってから、改めて改札を入りなおすことになる。
階を下りて、土産物屋が多いあたりを抜けると、大きな七夕飾りが中央に飾られていた。
―― そっか、もうすぐなんだっけ
仙台七夕は東北の祭りの中でも有名である。駅の中だけに風で揺れることはなかったが、大きな飾りをみて、今年は願い事をしてなかった事を思い出す。
松島海岸へ向かう仙石線に乗っている間に、大祐からメールが届いた。
『今、終わって帰るところだけど何かあったの?』
―― 律儀だなぁ
お願いをすると、その意図は後で聞かれるにしても、こうして必ず先に対応してくれる。そこが大祐らしいなと思いながら、驚く顔を想像してしまう。
『急にごめんなさい』
そんな書き出しから始まって、松島海岸への到着時間を書く。大人なんだから自力で大祐の官舎までは辿りつけることは間違いないが、できるなら迎えに来てもらえないかと書いた。
【リカは、いつも無理ばっかりするんだから、甘え過ぎかな、我儘かなと思うくらいでちょうどいい】
大祐がそう言っていたことを忘れてはいない。本当は自分の中では、一人でできる、という思いがまだ暴れているが、それよりもちゃんと向き合う方を選びたい。
悩みながらもメールを打ち終わると送信ボタンを押した。携帯を握りしめたまま、目を閉じようとした瞬間、驚くべき速さで返事が帰ってくる。
『すぐ行くから待ってて』
矢本から松島海岸までは代行バスで四十分前後かかる。車で来ればもう少しは早いだろうが、もうすでに電車に乗っているリカからすると、どうしても先に着くのはリカの方だった。
たったそれだけでもほっと安心できる。携帯を握りしめたまま、リカは今度こそ目を閉じる。人のほとんど乗っていない電車がホームにつくと、リカは一人電車を降りた。まばらに降りた人たちは足早に改札へと歩いていくが、リカはゆっくりと歩く。
小さなホームから階段を下りてすぐの改札を抜ければ、駅前だけは灯りがあるし、目の前に見える道路も車通りがある。だが、周りはかなり静かで、昼間とは違う風景がリカに落ち着かなさを与えた。
タクシーが手持無沙汰に待機している脇を少し左手に移動して、ロータリーの脇に立った。昼間は観光客相手の店が、夜は飲み屋になっているところから、焼き鳥のような匂いが漂ってくる。
ゆっくりと円を描くように周りを歩いていると、一台の車が勢いよくロータリーに進入してきた。かなりのスピードで走ってきた車がリカのすぐそばできゅっと音を立てて停止する。
制服のままで車から降りてきた大祐が、厳しい顔をして大股で歩み寄ってきた。
「何してるの!」
開口一番に叱りつけながら、両腕はリカを強引に抱き寄せた。ぎゅっと抱きしめられた肩に顔を寄せたリカの耳に怒った声が響く。
「会いたいならちゃんと言ってよ。俺が行けばいいんだから!こんな時間に一人で来て、こんな場所にいて、何かあったらどうするの?!」
「うん。……ごめんなさい」
はぁ、と深いため息が聞こえて、腕が解けた。
「でも会えて嬉しい! 来てくれて嬉しい! ありがとう」
ようやく、眉間の皺がきえて、いつもの笑顔に戻る。
手をつないで車まで連れて行かれると、促されるままに車に乗り込む。
「明日の朝帰るの?」
「う、ん。たぶん……」
「そっか。ご飯は? どこかに食べに行く?」
「ううん。できれば、家で。私は新幹線の中で少し食べたから。代わりに、前に連れて行ってくれた大きなスーパーがまだやってたら寄ってもらっていい?」
いきなり思いついてきちゃったから、というリカに、了解、というと、今度はゆっくりと車が動き出した。
「一ヶ月ぶり? になるのか。すごく久しぶりに声を聞いた気がする。毎日、電話しててもやっぱりちがうね」
浮かれているらしい、大祐の言葉にうん、と素直にリカも頷いた。何もなければ、こんな風にサプライズでリカが来るなどないことはわかっている。だからこそ、大祐はその理由には触れずにいつも電話で話しているように話し始めた。
狐さん、久々にこちらに遊びに来たらステキな連載が始まってるじゃないですか!リカちゃんの覚悟した気持ちと何かを感じ取ってる1尉の雰囲気。ここからどう展開するのか楽しみにしていますね!
moe様
こんばんは。なんだか見せ方がうまくいかなくて四苦八苦してますが、ぼちぼちと増えて行ってます。
ぜひぜひまた覗きに来てくださいね。