戻ってきて、顔を見合わせていると、今度は診察室へと呼ばれる。看護婦が大祐も一緒に来ている姿を見ていて、一緒に入りますか?と言ってくれた。
「空井リカさんね。はい、おはようございます。こちらに座って」
診察室の中は女性が多いためか普通の病院よりも薄いピンクの色が多い。女医の目の前に座ったリカの背後に大祐が立つ。
「じゃあ、検査の結果ですけど……。今日はご主人も御一緒ね」
女医が、二人を前にカルテを見て何かを書き込んでいる。ひらりと検査結果を現したシートらしきものをめくった。
「まず、検査の結果から空井さんに妊娠の兆候はありません」
目を見開いたリカが、思わず大祐を振り返った。
「ええと、空井さんは、あまり今まで生理が遅れたことがなかったのね?じゃあ、今回すごく遅れたみたいだけど、何か今までと違ったことは?」
「あ、あの……、結婚したばかりで……」
「ああ、そう」
納得したらしい女医が、何かをカルテに書きながら頷いた。
「女性には今までと環境が変わるとこういうことがあるんですよ。急に遅れると驚くと思いますけど、お薬出しておきますから大丈夫ですよ。今からだと……、ちょうど一月、まるまる飛んでしまうけど、仕方がないわね。次の生理がちょっと重いかもしれません」
「……はい」
一気に気が抜けた気がして、リカが生返事を返す。リカの肩に手を置いた大祐に向かって、女医が苦笑いを浮かべた。
「拝見したところ、旦那さんは自衛隊の方かな。そんな感じだけど?」
「あ、はい」
大祐自身は、どうしてわかったのだろうという顔をしていたが、傍にいた看護婦も笑みを浮かべて頷いた。基地の近くの病院なら、何となく察しが付くのだろう。大祐の立ち姿から違うのだ。
「じゃあ、奥さんとはいつも一緒じゃないのかな? 奥さんの保健証、東京のお勤めみたいだしね。新婚さんだからお気持ちはわかるけど、奥さんの体もちゃんと考えてあげてね」
それが何を言わんとしているのか、察したリカも大祐も、薄らと赤面してしまう。カルテに目を落とした女医が、新婚さんじゃねぇ、と呟きながら、リカの処方を書き加えたカルテを看護婦に差し出した。
「はい。結構ですよ。お大事にしてくださいね」
お世話になりました、と頭を下げて診察室を出ると、両手でリカが顔を覆った。
「……ごめんなさい」
待合まで戻る前に診察室の前の廊下に立ち止ってしまう。小さな声に大祐が同じくらい小さな声で呟きながらリカを抱き寄せた。
「馬鹿だな……」
そういって、リカを抱き寄せた大祐は何度もその背中を叩いた。
「……謝るのは俺の方だから。気にしなくていいよ。それよりも、リカが不安なときに傍にいられたから俺は嬉しいよ」
「……ごめん……。一人で、私……」
「違うから!」
廊下の片隅でリカを抱きしめた大祐が少しだけ強く叱る。涙目になったリカを笑顔で落ち着かせた。
「いいから。今日は休みにしたから、帰るまで……、いや、東京まで送る」
「それは駄目……」
「駄目でもなんでも送る。一緒にいて」
顔を上げられないでいるリカを何度も宥めている間に、受付から名前を呼ばれた。顔を覆っていた両手で、目元を拭ったリカが赤くなった頬を押さえて会計に向かう。
支払いを済ませて、処方箋と領収書をもらって病院を出た。
「すぐ近くにも薬局があるみたいだから寄って行こう」
頷いてリカはすぐ近くに見える薬局へと歩き出した。大祐は遅れて車を移動させる。
しばらくして、薬を受け取ったリカを乗せて、ブルーの車は走り出した。
「このまま東京に向かうよ。食事は途中でとればいいし、俺も明日の朝、出勤できたらいいわけだし、そんなに焦らずに行こう」
「……はい」
口を開けばごめんなさい、と言ってしまいそうで、ぽつりとそれだけを答える。薬局で買った水ですぐに薬だけは飲んでおいた。
有料に乗った車は高速を目指していて、東京に向かいだした車の中で、リカが窓の外を見る。
「……なんか、ね。あんなに不安だったのに、いないんだってわかると、急に寂しくなるね」
ぽつりと呟いたリカの言葉に大祐は少し考えた後で頷いた。
「……うん」
片手を伸ばしてリカの頭を撫でる。自分も、舞い上がって浮かれていた分だけ、何度もリカさえ大変じゃないようにと自分を諌めたのだ。
望んでいたとしても、不安や動揺はあるはずで、何より、リカは不安だったに違いない。
男の大祐にはわからないがリカの気持ちは今どうなんだろうと思う。
ごめんなさいと言っていたリカは、いつもよりシートを倒して、大祐の横顔を眺めた。一人舞い上がってしまったことも、自分の本音も、この数日でひどく疲れてしまった気がする。
それでも、一人ではなかったから。
「いつか……ちゃんときてくれるかな……」
あんなに不安だったのに、我儘なのはわかっている。
―― 私たちのところに……赤ちゃん
「リカ」
―― 大丈夫だよ
何度も頷いて、大祐は繰り返した。少しずつリカの気持ちが落ち着いていくのが分かったからこそ、何度も繰り返す。
いつか、空のどこかから二人のところに。
―― End
はじめまして♪
ピクシブの時から、よく作品を見させて頂いてました…。いつもウルウル感動したり、癒されたり。
急に作品がなくなっていて残念に思ってました。
こちらで見られて嬉しいです☆
『空のたまご』温かいお話でした。
お互いを思いやる2人が素敵でした。
またお邪魔させて下さいね♪
くう様
こんばんは!ありがとうございます。はるばるたどり着いていただいてありがとうございます。是非またいらしてくださいね。
「空のたまご」拝読しました。
確かに共働きの場合、単純に喜べない状況っていっぱいありますよね。
でも、きちんと向き合えてよかったなーと思いました。
ozaima様
こんばんは。ありがとうございます。
遠距離でバリバリ二人とも働いてたらものすごく動揺しそうですよね。
責任感もある二人だから自分たちの幸せを後に考えちゃうというか。いつかそんなお話も書きたいですね。