リカに何度か言われたことを思いだす。
『大祐さんは気づいてないだけで、ものすごくモテてるから』
『誰にでも優しいし、大祐さんの話し方は、ちょっと順番が変だから、きっと女の子は誤解しちゃうから気を付けて』
その度に、何度も繰り返したはずだ。
俺はモテないよ。モテたこともないし、彼女ができてもすぐに振られたし。
そんな大祐に、リカは何かを言っていた気がする。確か……。
『大祐さんは、優しいから。優しいのに、誰にでも優しくて、一番になれないと苦しくなっちゃうからじゃない?……私もそうだったから』
一番大切な席はもうすでに埋まっていて、リカしか欲しくなくて。
でも、優しいとリカは言っていた。
―― でも、ほかに俺にできることなんか思いつかないんだよ……
拒否と優しさが共存する時間は、なにより残酷なのかもしれない。それでも由香がそれでいいと言うなら仕方がない。
せめてそう言い聞かせることしかできない自分が、何より嫌で。
ゴロゴロと、部屋の中を転がって、だらけるだけだらけて。
さっさと1週間が始まればいいのにと、窓から見上げた空もひどくどんよりと曇っていた。
時間通りに、車を回して同じ敷地内でも離れた場所に向かうと、すでに由香はそこに立っていた。
「おはようございます。空井一尉」
「……おはようっていう時間じゃないけど、おはよう」
「あはは、そうですね。車、乗っていいですか?」
顎を引いてわずかに頷いたのをみて、由香が後部座席のドアを開いた。助手席の後ろに乗り込んでドアを閉めたのを見てからゆっくりを車を動かす。
「どこに行くか決めた?」
「どこでもいいです」
「……じゃあ、松島とか」
いいですね、という返事を聞いて、45号線を海沿いに折れて、仙石線沿いの奥松島パークラインに出た。陸前富山を過ぎると、松島と言っても田舎の山の中の狭い道をただ走る道に過ぎない。手樽を越えたあたりからようやく周りが住宅地になり始めて、コンビニも見えてくる。
このあたりにくれば、狭いとはいえ、一応二車線の道路も、もう少しだけ広くなってくる。そのまま松島駅前を通過して45号線に戻った車は松島海岸の一番賑やかな場所に出た。
日曜の昼など、有料に車を置くだけでも時間がかかる。それでも、空のマークを見て手前側にある大きな駐車場へと車を停めた。
結局、道は渋滞していて、12時を過ぎている。昼にはいい時間だが、当然のように店も込み合っていた。
「空井一尉、お腹すいてますか?」
「いや、あんまり」
「じゃあ、私もあまりすいてないんで、その辺ぶらぶらしませんか。通りすがりに何か食べればいいだろうし」
車を降りた由香は、観光客の多い周囲をざっと見回してから海の方へと向いた。大祐にとってはなんであれかまわない。ただ時間が早く過ぎてくれればいいだけだ。
ポケットに車のキーを入れてそのまま手をポケットに入れる。
「それでいいよ」
無愛想に呟いて歩き出すと、寄り添うわけでもなく、少し先を歩く大祐の後について、由香が歩き出した。
土産物屋の店先を見たり、観光船の派手な色合いを眺めたりしてゆっくりと歩く。
大祐は歩きながら、にぎやかさを目にしながらも頭には全く入っていなかった。
「空井一尉、初め奥さんを連れてきてあげなかったって本当ですか?」
「え?」
「松島に」
ああ、と半分だけ振り返った大祐が頷いた。けらけらと笑いながら半歩だけ由香が近づく。
「誰から聞いたかな。松島はカップルで来ると別れるってジンクスがあるから嫌だって、しばらく連れてきてあげなかったなんて、空井一尉もゲン担ぎするんですねぇ」
「ゲン担ぎ……とも、ちょっと違うんじゃないの」
「うーん、じゃあ、何だろう。ロマンチスト?あ、これいいですね。ロマンチスト!」
にぎわう歩道は、道幅と同じくらい狭くて、場合によっては人、一人が交互にすれ違うような場所もある。店先で余裕がある場所はいいが、狭い場所になると、大祐は車道に一歩出て、すれ違う人をやり過ごす。
五大堂の前にきて、由香を振り返った。
「行く?五大堂」
「行きます。ここの橋好きなんですよ。下が見えるんですよね」
横断歩道を渡って、階段を上がると、朱色の橋が見える。足元は頑丈そうな木で、二本に渡されたまっすぐの上を歩くか、間に隙間のある横木の上を歩くことになる。
「ここ、落ちそうで落ちない感じがドキドキするんですよね」
先端まで渡ると、思ったよりは小さな五大堂があるだけだが、海に突き出すような景色は観光客にも人気の場所だ。動くのかはわからないコイン式の望遠鏡を横目に見ながら建物の周りをゆっくり歩く。
「初めて来たときは、もっと何かあるのかなって思っちゃったんですけど、これだけなんですよねぇ。ここのお堂に住んでたら夜中は怖いんじゃないかなぁとかそんなことばっかり考えちゃいましたよ」
「ああ……。住もうと思ったら住めるのか」
「お堂だから住むっていうのとも違うのかな。おこもり?」
ぐるっと回っても数分で回りきってしまう。しばらく観光客に交じって海を眺めた後、再び橋を渡る。そのまま観光船の乗り場のある方まで細かい砂利の上を歩いていく。
「こっちの海の色、違うなぁってやっぱり思います。うち、三沢が近いんです。あっちはもっとなんか寒そうな色っていうか。まあ、冬限定ですし、夏は普通に海なんですけど」
「そりゃ、どこもそうなんじゃないの」
「違いますよ。もっと南だって違いますけど、ここでも十分違ってます。なんかうちの方よりは温かい色してますよ」
あの暗い海を見るたび、一生、ここで、何もできないまま終わるのかと思った。周りの友達は地元が大好きで、そんなことを考えるのは自分だけなのがますます嫌で、逃げ出して、少しでも誰かのために生きられる仕事についたつもりだった。
でも、結局は、親に対して、三沢に勤務になる可能性もあるからと、そうやって説得しやすかっただけで、あの震災の時も、自分では、ろくに役になど立てなかった気がする。
そして、これから、何もできなかった自分がいた場所に、もっと何もできない自分として戻るのだ。