「ご飯……、食べましょうか」
「俺が支度するよ」
ひどく遅い時間になっていることにも気づいたところで、揃って立ち上がる。
「大祐さん、着替えて?すぐあっためるし」
「うん。……わかった」
大祐が放り出していたネクタイを拾い上げてジャケットと共にハンガーにかけている間に、リカは温くなった鍋を温める。
考えなくても済むからとおでんにしたのが幸いだったのか、テーブルに並べると、二人とも言葉少なに食事を済ませてから、一息を入れてソファに落ち着いた。
「あのね。大祐さん」
「うん?」
「大祐さんが考えてたことはわかったし、私は、話してくれた方がいいから、何かあった時は話してほしい。これからもどんなことも、たくさん話をしたいなと思う。でも、大澤さんのことはやっぱり、私にはわからないの」
本当に、大祐のことが好きだったのだとして、好きな人を傷つけるような想いは救いも何もない。助けて欲しかったのだとしても、大祐には何もできないことがわかっていて、どうしてほしかったのか、リカには到底理解できなかった。
ただ、寄り添って座りながら、ゆっくりとぽつぽつと思い浮かんだことを話す。
それが今は妙に心地よい。
時折、互いの顔を眺めながら並んで座る。
「俺も、話した程度のことしか知らないし、大澤の家の事情とか分からないんだ。ただ、あるとしたら島崎さんが言ってた、退路……かな」
「退路?」
「うん。まあ、その仕事にもよるんだけど、退官した後予備自衛官っていう制度があるんだよ。大澤の場合はできるのかわからないけど、そういう後を残さないように自分を追い込んだんじゃないかな」
そうだとしても、リカには納得できなかった。好きな人を苦しめて何が残るんだろう。
ふと、リカの顔を覗き込んでいた大祐が腕を伸ばしてその頭を撫でた。
「今日は、このまま話しながら寝ようか。眠そうな目をしてる」
「ああ……。明日めちゃくちゃむくんでそう」
泣き疲れた分、冷やすには冷やしたが、疲れていたのは確かで、揃って寝る支度を済ませてベッドに移動する。ただ、寄り添って向き合ったまま、ぽつぽつと話し続けた。
「俺、鷺坂室長からリカが何かを見たとか聞いたとかって聞いて、めちゃくちゃパニックだった。東京にいるはずのリカがなんでって。冷静になって、今日、来るまでの間に色々考えてるうちに、ああ、先週、もしかしたら来てくれてたのかなって思ったけど」
「ちょうど、タクシー降りて見上げたところだったんだもの。大祐さんがすごく不機嫌そうで、彼女はすごく嬉しそうで。なんか、もう、ね。同僚とかそういう可能性だってあるんだけど、今までそんな話も何も聞いたことなかったから、頭が真っ白になっちゃった。私も、落ち着けばよかった」
大祐の腕枕で寄り添ったリカの髪を何度も指先に絡めては離す。髪をいじるのは大人になってからは自分で髪をとかすくらいだけだが、こうして触られていると落ち着くらしい。
「リカ、昔、報道班のシュミレーションの時も、早とちりして、特オチだって騒いだよね」
「やだ。古いこと思い出さないで。あれはね、あれは、柚木さんが」
「うん。でも部屋の入り口にの書いてあったのに、思い込んだらってところあるよね」
穏やかな会話に、リカは、少しずつ目を閉じた。
「そういえば、リカ。携帯の使い方教えてよ。あれ、わかんないよ。設定は仕方ないから一度家に帰ったのに、もう一度店に行ってやってもらったんだけどさ」
「アプリ、入れてくれたんでしょ?」
「それも……、入れただけ」
「わかった……。明日……」
少しずつ、話し方がゆっくりになったと思っていたら、途中で言葉が途切れて、静かになる。
そっと覗き込むと、眠ってしまったらしい。規則正しい寝息に変わったそれが、ひどく優しい大事なもので、不安に過ごした数日間が嘘のようだ。
東京に来る前に、大祐は、鷺坂を始め、島崎や山本にも頭を下げた。ありったけのつてを使ってでも、と言った大祐に快く、それぞれが頷いてくれた。
―― 意志あるところに道は拓ける……
隣りに感じる、温もりが心地よくて大祐も目を閉じた。
沢山、いろんなことを話して、日曜もぎりぎりまで話しながら、大祐は松島に戻った。
リカが設定を手伝って、携帯も無料通話だけでなくメールのやり取りも随分楽になった。
新幹線が出発してすぐに、大祐から可愛いスタンプで動き出したよ、と入ってきてリカは吹き出しそうになった。
ホームまでは見送らずに改札までの見送りだったが、こうして些細なことでも呟いたり、絵文字やスタンプまで使っても、様子がわかるのは嬉しい。
そんなリカが週が明けて職場に行ってすぐ、外線が鳴った。
先週の初めに、急にばたばたと忙しくなってしまった取材は、まだ何人か素材が足りなくて、取材者の選定が滞っていたのだ。
『ご無沙汰してます。稲葉さん』
「比嘉さん。おはようございます。えーと年末でしたっけ?」
『いえ、新年会ですよ。りん串の。あれ以来です。どうも』
どうも、どうも、と電話の向こうとこちらで挨拶を交わしてから比嘉が、柔らかな口調は変わらずに言った。
『ご連絡いただいていた、制服シリーズの件なんですけど』
「あ、はい。どなたか候補の方が?」
『ええ。僕としては、松島基地の女性隊員なんですが、大澤というものではどうかなと』
「……っ」
思わず息をのんでしまったリカに、比嘉が落ち着いて話しかけた。
『ひとまず、その話をお打合せできたらなと考えていますので、今日とかお時間ないでしょうか?』
「あ、あの……、その、比嘉さんは」
『はい、なんでしょう?』
まさかここで比嘉に何を知っていてその提案なのかと問い詰めたかったが、周りにスタッフもいて、あまり込み入った話ができる状況にない。
「わかりました。ひとまずお伺いさせてください。13時でいかがでしょうか」
『ハイ。結構です。稲葉さん、お一人でいらっしゃいますか?』
「……ひとまずは」
『了解しました。それでは13時にお待ちしております』
電話を切ったリカは、一度受話器を置いたものの、もう一度取り上げて、固まってしまった。受話器の向こうに誰を思い浮かべたのか、さておきにして、発信音だけになった受話器をゆっくりと下ろす。
そんな取材、冷静にできるだろうかという思いと、公私混同じゃないか、とかいろんな考えが頭の中で渦巻いて、ごん、とリカはテーブルに頭をぶつけた。