予定よりも少し早目に市ヶ谷の広報室に向かったリカは、久しぶりの広報室の入り口に立つと、中を覗き込んだ。時間よりも少し早いのに、リカが来るのをわかっていたのか、すぐに比嘉が気づいてくれた。
「いらっしゃい。稲葉さん」
「比嘉さん。お邪魔します」
「どうぞどうぞ。もう勝手知ったる、ですよね」
そう言って窓側の応接の席を促すと、比嘉自らがコーヒーを入れて戻ってくる。
「どうぞ。少しは落ち着かれてますか?」
「……どういう意味でしょうか」
「いえいえ、そんな勘ぐらなくても、ほんと、聞くときはストレートに聞きますよ。空井一尉と仲直りしましたか?」
にこにこ。
いつもの笑みを浮かべているのに、腰を下ろしてまずその一撃が来るとは思ってもいなかった。
がくっと頭を落としたリカがしばらくして体勢を立て直すと、正面から比嘉の顔を見る。
「仲直りしましたよ。色々、たくさん話してますけど」
「そうですか。それはよかったです。やはり、階級は上ですけど、僕にとっては、空井一尉は年齢からして弟みたいな感じなので……」
この笑顔にはいつもしてやられてきたことを、今更のように思い出す。今は自分の話をしている場合ではない。そう思いながら、早々に種明かしをしてきた比嘉に気合を入れたリカは鞄の中から、企画書を取り出した。
「それなのに、ですよね。比嘉さん、企画の意図はご理解いただけている、と思いますが」
「はい。十分に理解してますよ。制服シリーズ」
「はい。それで、取材を受けてくれそうな方をお願いしたかったんですが……。本気でおっしゃってますか?」
テーブルの上に手を組んだ比嘉は堂々と、寸分の迷いもなくまっすぐにリカを見返してきた。
「本気で言ってますよ?もちろんです」
至極、真面目な顔なのに、どこか疑いたくなるのは日頃の行いのせいだろうか。少しだけ、比嘉のこういうところは、鷺坂よりもキツイ場合がある。
その腹にいくつもネタを仕込んでいそうで、ついつい、仕事で来ているのに素が出てしまう。
「……比嘉さんって、時々、猛烈に意地悪ですよね」
「そんなことありませんよ。稲葉さんがお嫌でしたら他の者を探してみます。でも、僕はいいと思いますよ。他の者よりも。稲葉さんがお嫌でしたら他のディレクターさんの取材でも構いませんが、いかがでしょう」
リカは一瞬、唇をかみしめてから比嘉の目の前にもう一度、企画書を押し出した。
ただ、条件が合うからという理由だけでは全体の流れもあるので、いいとは言えない。わかっているだろう企画意図を提示しながら、もう一度、取材者を探すことにもなった理由に触れる。
そして、公私の“私”が出ないように気を付けながら口を開いた。
「まずはその方の情報をいただけないことには即答は出来かねます。ご存じの範囲で構いませんので教えていただけますか?」
比嘉とリカの間に置かれた企画書。その表紙には、こう書かれていた。
『働く制服シリーズ 年度末編~制服を脱ぐ人たち』
「もちろんです。現時点では広報室からの推薦ですが、本人に打診はしてあります。受けてもいいと言っていますので」
そういうと、比嘉は自分が座っていたすぐ隣に置いていたクリアファイルを手にするとリカの前に差し出した。
履歴書の様な体裁に写真がついている。
そこには、若くて可愛らしい女性が写っていた。
話を聞いて、局に戻ったリカは、珠輝に空自から候補者の提案があったことを話した。
「いいじゃないですか。男性の方が多いから女性もいた方がバランスもいいですし、助かりますよ?」
何も知らない珠輝は、嬉しそうにそう答えた。確かに珠輝の言っていることはあっていて、どちらかと言うと、女性の取材対象が少なくてバランスが悪いとは思っていた。
だが、話を聞いてきたリカには素直に頷くにはとても抵抗がある。
「うん……。そうなんだけど」
「どうかしたんですか?あ、松島基地の方だからまた空井さんと一緒にお仕事ができるから喜んじゃった!とか?」
このところ、リカがカリカリしたり、妙に落ち込んでいることには気付いていた珠輝は、リカが明るくなる話題だと軽く舌にのせてくる。だが、笑おうという努力だけで笑顔になりきらないリカの反応に、珠輝の方が立ち上がった。自分の席に戻るリカにくっついていった珠輝は、リカに食いつく。
「ねぇ、稲葉さん。この前から稲葉さん、ちょっと変ですよ!何かあったなら話、聞きます。稲葉さんらしくないです」
「珠輝……。ありがと。でも、仕事じゃないから……」
「いいえ!もう、こんな稲葉さん嫌なんで!会社でだめなら今夜付き合ってください!」
強引に話を決めた珠輝に、仕事明けを攫われたリカは、どうしようか散々迷った挙句、少しずつ、ぽつぽつとこの間からの出来事を話した。取材をするかもしれない珠輝に、このことを話すのは先入観や余計な情報だと思いはしたが、リカも柚木に叱られて以来、誰にも話していなかった分だけ、誰かに聞いてほしかった。
「なんですか、それ!もう、信じらんないです!空井さん、見損ないました!!」
ビールグラスをいくつもあけながら、極力、ここしばらくにあった出来事を中心に話していると、何度も途中で珠輝はカウンターを叩いて憤慨した。
「見損なったって……」
「だって、そうじゃないですか。そんな女に付き合う義理なんかないのに、なんでそんな風にずるずる相手しちゃうのかわかんないです。時々、大津君も意味不明な見栄の張り方しますけど、だったらもっとかっこよく、やるならちゃんとやれって思います!」
客観的に見ているからか、幾分、女子らしい意見ではあったが、ストレートな表現にリカは何も言えなくて、ビールを流し込む。
そのリカが、何かを諦めたように見えたのか、逆に大祐を庇うような形になったリカにまで珠輝が怒り始めた。
カウンターバーのテーブルを叩いていた手は、今度はおしぼりを握りしめてそこに怒りをぶつけ始める。
「だいたい、もっと稲葉さん、怒ればよかったんですよ!そんな女相手にする必要ないですし、言い寄ってきてる相手を、可哀そうだからって玄関にでも入れたのはNGです!!絶対無理!その女も、そこまでしたいんだったら正々堂々とかかって来いって思いますもん。それができない時点で、その女に勝ち目はないんだから、私だったら怒ります!どっちにも!」
「怒ったよ。ちゃんと。怒ったっていうか、いい年してみっともないけど泣いちゃって。なんか……ね。空井さんも別に悪気があったわけじゃないし」
「悪気がなかったらなんでもいいんですか?そんなのおかしいです!」
珠輝の言葉を聞いていたリカは、曖昧な笑みを浮かべて、カウンターの向こう側にある斜めの鏡に目を向けた。
あの後も、たくさん大祐とは話していて、いいかどうかは別にして、男女の感覚の差も思った以上に在ることがはっきりしてきた。
男女の中でも大祐とリカの感覚の違は大きくて、それを見つけては、相手との差を埋めようと、どちらかがどちらかに提案する。本当ならそういうことを、普通は付き合っている段階でクリアにしているはずだろうが、自分たちはどこかで置き去りにしてきたなとも思った。
半分残っていたビールを飲み干したリカは、隣に座る珠輝を見た。
「あのね。私にも正解なんてわからないんだけど。……どうしてほしいの?もし珠輝だったら」
「え……?」
「だって、大祐さんにNGだっていう感覚がなかったらどんなに怒っても、ぶつけても伝わらないでしょう?悪気はなかったけど、私に嫌な思いをさせたってことはきちんと謝ってくれたし、それ以外にどうすればいいの?」
思いがけない切り返しに、珠輝が目を丸くして黙り込んだ。
眠り姫 久しぶりに会えて嬉しいです。 あ~そうそうって思いながらまたまたイッキに読んでしまいました。
何度読んでも 私の中では大祐さんが ちょっと悪者です。 この後 どうだったかな・・・? 次に会えるのを楽しみにしています。
マコ様
本当にお久しぶりのお話でした。大祐さん、悪者でしたか。そんなにいじめないで上げてください(苦笑
だんだん時間がたつと、一尉って、すごーく理想の男性っぽくなってきちゃってるんですが、読み返したり見直したりすると、結構普通のにーちゃんだったりするところが余計に好きだったなぁと思います。今回の私の中では、そんな感じ。
男の人って、面倒くさがったり、見栄張ったりするよねって思いながら書いてました。
そんな大祐さんも見捨てずによろしくお願いします。
眠り姫 久しぶりに会えて嬉しいです。 あ~そうそうって思いながらまたまたイッキに読んでしまいました。
何度読んでも 私の中では大祐さんが ちょっと悪者です。 この後 どうだったかな・・・? 次に会えるのを楽しみにしています。