比嘉に送った候補日の中でも最も近い日にちで取材の日は調整された。新幹線で移動したリカと珠輝を仙台駅で拾った取材車がゲートをくぐる。
時間をみて待機していた大祐が迎えに出た。
「お疲れ様です。本日は取材、ありがとうございます」
運転席の坂手に挨拶すると、すぐに笑顔になってお久しぶりです、と言う。
「空井君、久しぶり。今日は自慢の飛行機撮るんじゃなくて残念だよ」
「ははっ、それはまたぜひ次の機会に。えっと、車の方はそちらの来客用に停めてください。機材の準備が出来ましたらご案内します」
了解、と答えて坂手が車を停めると、大津、珠輝、そしてリカが車から降りた。
妙に周りを通る隊員たちが多いのは、今日の取材がそれなりに基地の中で広まっていたこともある。
噂のリカぴょんが取材に来る、ということと、取材相手が大澤由香である。その二つを聞けば嫌でも注目は集まってしまう。車から降りたリカが、大祐に近づいた。
「お世話になります。空井さん」
「お疲れ様です。稲葉さん。お疲れ様です。佐藤さん」
仕事の顔で、互いに挨拶をしているリカの隣に立った珠輝は噛みつきそうな顔で大祐を睨みつけて、かろうじて顎だけは引いて見せた。
リカから珠輝が怒っていると聞いていた大祐は、苦笑いを浮かべてリカと視線を交わした後、機材を下ろし終わった坂手と大津を加えて、建物へと案内する。
「えと、お荷物があると思うので、小会議室をご用意してます。そこに荷物を置いていただいて取材場所は」
「取材場所は事前にお話ししたように、ほかの隊員の皆さんにもお話を聞きたいので、お部屋以外も可能な場所をお願いします」
応接室を用意している、と事前に聞いてはいたが念押しのために、リカが口をはさんだ。ここに来るまで、通ってきたあちこちから視線を向けられていたことは気づいている。大祐からも、注意はしてあるが、やはりそういう野次馬が多いと思う、と聞いていたのだ。
それなら、逆にそれを生かした取材をしたいと伝えてある。
「たとえば、お仕事されていた部署とか……。皆さんがお食事されている食堂とか」
「稲葉さんからそう聞いて、一応、大澤の所属には確認したんですが、重要書類もありますので……。でも、食堂であれば可能です」
「そうですか。では、後程、順番にお話を伺うということで」
小会議室で一度、荷物を広げた後、大津と坂手は撮影する応接室へと移動する。珠輝は、コートを脱いで荷物と一緒にまとめると、化粧ポーチを取り出して、髪や化粧を直していた。インタビュー用のボードをバックから取り出したリカは、あらかじめまとめておいた資料と、インタビュー項目に目を通す。
「珠輝、じゃあ、よろしくね」
「任しといてください」
お互い、何というわけでもないが気持ちだけは共有する。顔を見合わせてへへっと笑いあったところに、ノックの音がして、坂手と大津の支度ができたようだと、大祐が顔を見せた。
「稲葉さん、佐藤さん。よろしいでしょうか。坂手さんが支度が出来たそうですが」
「はい。じゃあ、お願いします」
行こう、と顔を見合わせたリカと珠輝は小会議室を出た。
廊下を歩いていると、たくさんの視線に追いかけられている気がする。その雰囲気にのまれそうな気がして珠輝が周囲へと視線を向けた。
「なん……か、注目度高いですね」
「すみません。佐藤さん。落ち着かないですよね」
申し訳ない、と頭を下げた大祐に反射的に珠輝は首を振った。東京にいた時は、紺色のスーツ姿ばかりだったから、制服姿の大祐には何となく気圧されてしまう。
「……空井さん、よく平気ですね」
先ほどまでは、あれほど大祐につんけんして睨みつけていたのに、今は唯一の味方とばかりに空井の傍へと近づいた。そんな珠輝に、小さく頷いた大祐がその隣を歩くリカをちらりと見る。
廊下の先にある応接室の前にぴたりと足を止めて立つと、ノックをして大祐はドアを開けた。
すう、と息を吸って、大祐に続いてリカと珠輝が中に入ると、応接の中で待っていた由香が立ち上がった。
リカよりも背が低く、下手をすれば珠輝よりも背が低いかもしれない。
すでに業務を離れていることもあって、以前取材に来た時のような迷彩ではなく、制服は今の大祐や、柚木が着ていたものと同じタイプのものを着ていた。大祐が紹介しようと間に立ったのよりも先に、リカが一歩前に出る。
自分の名刺を差し出して、まっすぐに由香の目を見つめた。
「初めまして。帝都テレビの稲葉と申します。今回は取材をお受けいただいてありがとうございます」
「大澤由香三等空曹です」
リカを見て、名刺を受け取るよりも先に体の脇に手を添えて、由香は頭を下げた。先に挨拶をしたリカを見て、遅れて珠輝が名刺を差し出す。
同じように、互いに挨拶を交わした後、応接のドアを閉めようとした大祐に、リカはそのままで、と申し出た。
「空井さん。取材は特別、隠すべきことはありませんし、実際の放送になれば皆さんもご覧になれます。大澤さんがよろしければどうぞそのまま、見学されたい方がいらっしゃれば、構いません。ただ、音声もとっていますので、邪魔にならないようにだけご配慮いただければ助かります」
「稲葉さん。いいんですか?」
何とも言えない躊躇を浮かべた大祐にリカは頷いた。
「はい。私ではなく、大澤さんがよろしければ」
振り返ったリカを見て、まっすぐに見返した由香は、靴音をさせて大祐の方へと向きを変えると淀みない動きで応えた。
「空井一尉。自分に隠すものはありません。いずれ放送されるなら、おかしな改変をされていないことがわかる様に、皆さんにも見学いただいて構いません」
「……!」
好意的でも敵意がある様にも見えなかった挨拶とは変わって、由香は好戦的な意思をみせた。
おかしな改変などリカがするわけがない。
瞬間、眉間に皺を寄せた大祐が一般的な言葉で失礼なことをと注意しようとしたのをリカは遮った。
「ありがとうございます。それでは、空井さん、皆さんにも見学の際の注意をお願いできますか」
何も言わなくていい。
その意志は固く見えて、大祐は口を開きかけたが、くっと顎を引いて目線を見せないように帽子を直す振りをしてから顔を上げた。
「……わかりました」
応接のドアは部屋の真ん中にあって、向かい合う様子がわかる。ドアのまわりで様子を伺っていた隊員達へ、大祐がもう一度リカの言った注意事項を伝えると、皆、堂々と部屋を覗き込んだ。
入り口の脇に立った大祐に頷くと、リカは、珠輝を正面に座らせて自分は少し間をあけてその隣に腰を下ろした。息を吸い込んだ珠輝は、インタビューの前の確認のために少しだけ前のめりになる。
「それでは始めさせていただきます。このコーナーについては事前に空幕広報室の比嘉さんからご説明が行っているかと思いますが、もう一度説明が必要でしたら」
「いいえ、結構です」
あっさりと答えた由香に鼻白んだ珠輝はどうしよう、と一瞬隣のリカを見たが、小さく首を振ったリカの反応に目立たないように頷いた。
「そうですか。じゃあ、……ほかに質問がなければこれから始めさせていただきます」
珠輝、と小さく声をかけると、リカはさらに少し後ろに下がり気味に座り、珠輝の仕事ぶりに預けることにした。