大祐が遅いとわかっていたから、リカは帰りに軽く買い物を済ませてゆっくりと部屋に帰った。
電話ができるなら急いで帰ったところだが、きっと今頃は楽しんで飲んでいるところだろう。
いつもはリカの方が藤枝と飲んだりする機会があって、大祐にはなかなか、なかったのだから、偶さかの飲み会なら楽しんでほしい。
そんな思いさえあった。
リカの想いが通じたからなのか、それとも、これがエレメントたる所以なのか。
その頃の大祐は、派手に酔っぱらっていた。
「空井一尉!お願いですから車に乗ってください!」
「まーだ!まだだって……」
ほとんど抱えられるようにして店を出たのに、建物から出た瞬間から、普通に歩き出しているから周りの隊員たちも初めは気づかなかった。
それほどまでに大祐が酔っぱらっていることに。
来た時と同じように車に乗り込もうとした途端、まだだと大祐が言い始めた。
「一件目じゃないか。まだ飲んでない」
「馬鹿、お前、十分飲んだじゃねぇか」
「飲んでない。今日は、リカに飲みに行くって言ってあるんだから飲む」
「空井?」
ふらり。
ほかの隊員たちが気づくよりも先に、道路に向かって歩き出した大祐は、次の店に行くべく、真っ暗な道を歩き出していた。
慌てた青山が駆け寄って、大祐を連れ戻そうとしても、頑強にまだ飲むのだと言い張って聞かないのを見て、初めが笑っていた隊員たちも、冗談が過ぎると思い始めた頃になって、ようやく、大祐が思い切り酔っぱらっているのだということに気づいた。
それがなぜかと言うと、一人で歩きながらぶつぶつと愛妻であるリカに話しかけていたからだ。
「わかりますよ。リカもぉ、忙しいしね?忘れることもあるよねぇ~……。いやいや、藤枝さんとまた飲みに行くのかなんて言わないよ……」
「空井一尉……?」
「だから、まだなんだってば。リカにぃ、電話をするんです。楽しいお酒をぉ飲んだよって。だからまだ飲むんです」
その様子を見ていた隊員たちが、内心では舌打ちしたのは言うまでもない。
真面目な空井と惚気る陽気な男しか知らない彼らにとって、こういう酔い方をするとはと思っていなかった。
―― なんて面倒くさい酔っぱらい方を!!
酒を飲んではいても、皆、まだ明日も普通に仕事に行くのだからとある程度は控えていたからこそ、空井も同じだと思っていたが、それが甘かった。
「まだ!俺は飲むんだ!」
「空井、やめとけって!もう帰るんだって」
「リーカーに電話するんだから飲む」
「お前、意味不明だっての!」
両脇を押さえこまれて引きずられながら車のところまで戻ったのに、それでも車に乗るのを嫌がっている空井を無理やり車に押し込むために、二台分のメンツでなんとか押し込むことに成功する。
「よし!、今のうちだ!行け!青山!」
「了解っす!」
シートベルトを締めるのもそこそこに走り出したムーヴは、来た時とは逆に、どこか焦りを抱えて官舎まで戻る。
「でもね!めちゃくちゃ可愛いんだ!うちの奥さんはっ。……奥さんって、最近ようやく慣れてきたなー。奥さんとか嫁とか。昔は好きじゃなかったけど、今はやっぱりなんかその響きっていうの?それがいいんだよねぇ」
「わかった、わかった。リカぴょんは可愛いんだよな?」
「めっちゃくちゃ可愛いよっ。可愛いんだよなー。だから、もうちょっと考えてもいいと思う!自分が可愛いってかんがえよーよー。リーカーぴょーん」
げんなりしながらもとにかく官舎までだと皆、ぐっと飲み込む。
駐車場に残った雪を踏みながらようやくたどり着いたムーヴが止まると、大祐の両脇を押さえこむように座っていた隊員がドアを開けて車から吐き出された。
「なんだよーぉ。青山っ」
「はいっ!」
「……眠い」
「わわわわっ!待ってくださいっ!今、すぐお部屋まで送りますから!」
ふらぁっと車から降りてすぐに倒れそうな大祐を、慌てて運転席から降りた青山が支えようとした。それをほかの隊員たちが、制して代わりに大祐の部屋まで引きずっていく。
「青山、お前いいから車入れて、もう帰れ。俺達がこいつ放り込んでくるから」
「や、でも……」
尊敬すると言った先輩を放り出して帰っていいものか躊躇していた青山をほかの隊員たちもひらひらと手を振って気にするなと言った。
「空井だって、あれ、途中から覚えてねえぞ」
「そうそう。気にすんな。お疲れ」
青山が見送っている中で、大祐は狭い階段を押し上げられて部屋まで連れて行かれた。
「おい、しっかり歩けっての。お前、鍵!鍵!」
「駄目に決まってんだろ!鍵なんかリカにしか渡してないっ」
「誰もお前の鍵なんかいらねぇよ!リカぴょんがいたら話は別だけどな!」
なにぃー、と完全な酔っ払いモードで絡んでいる大祐を、部屋に押し込むと、やれやれ、と皆が引き揚げにかかる。
テーブルの上に鍵を置いて、戸締りしろよーといって、大祐を置いて皆は引き上げいった。
「リーかさん……。なんでぇいないんだっけ。昨日話……できなかったんだよなぁ」
ふらふらと記憶がごちゃ混ぜになって、無性に一人の部屋が物寂しくなる。起き上がった大祐はキッチンまで行って、思い切りよく水を出すと、頭を下げて蛇口から直接水を飲んだ。グラスを使うのが面倒だったのだ。
喉を流れる瞬間が心地よいのに、喉を通り過ぎるといくら飲んで乾いた気がしてごくごくと大量に水を飲む。息苦しくなってようやく水を止めて、びしょ濡れになった口の周りを手の甲で拭うと、ふらふらと部屋の真ん中まで何とか移動すると大の字になって寝ころんだ。
ポケットに入れたはずの携帯を無意識に取り出したつもりで、何もないのに手を動かす。
「あれぇ……。やばい。俺の方が携帯ないかも……。今日もリカと話せないのかなぁ……。メールもぉ……」
大祐の方から心配で送ったメールに帰ってきた1通だけで、リカが送ったいってらっしゃいのメールは見ていないから、余計に寂しくなる。
「はぁ……。こういうとき離れてるのはしんどいなー……。声だけでもききたいな……。リ……」
パタリ、と手が落ちて、服も着替えないままで眠ってしまった大祐は、何度も夢の中でリカに電話をかけていた。かけても、かけても繋がらない電話は、コール音だけが寂しく繰り返す。
―― ……リカ……