6月29日
「次は石巻の川開きかぁ。じゃあ、もっと忙しくなるのね」
結婚して1年たつという頃、しばらくの間、東京へ通っていた大祐が来週から来られなくなるかもしれない、と言い出した。ハネムーンどころかようやく二人でいることに慣れてきたところだったが、時間を埋めるように毎日、メールに電話と急速に距離を縮めていたがやはり会えるのと会えないのとでは大きく違う。
申し訳なさそうな顔になった大祐が、カレンダーを見ながら頭を抱えた。
「ごめん。その前は、ブルーが丘珠空港のフェスに出るからその調整も大変なんだ。あそこは民間機の着陸の合間にするから、誤差も分単位だし。それから2週間で川開きだし、今年は……」
今年は、と言葉を濁した大祐にん?とリカが問いかけると、しばらくうなった大祐はぼそぼそと口を開いた。
「川開きの前に予行があるんだけど、前日の予行でJOEさんがラストフライトなんだ。だからってわけじゃないけど、余計にちゃんとしておきたいっていうか……」
「JOEさんって……TACネーム?」
さすがにそれが名前とは思えないだけに問いかけたリカにさすが、と大祐がほろ苦く笑った。
「ブルーの田中隊長なんだ」
「そうなの?」
「うん。川開きの1日のほうが新隊長が飛ぶんだ」
ふうん、と話を聞いていたリカが、ふと身を起こした。
話を聞いているうちに、見てみたくなったのだ。
「ねぇ。カレンダー見ると、木曜日と金曜日なんだよね?」
「うん」
「……終わった土日は普通にお休み?」
「たぶんね。なんで?」
じっと、手帳と睨み合っていたリカがうん、と一つ頷いた。
「行きたい。行きます。どうせ夏休みを取らなきゃいけないだろうし、代休もたまってるの。木曜日と金曜日を休みにしたら行けると思うの」
「え?リカさん、本気?」
「うん。行きたいの。大祐さんの邪魔はしないから一人で見て歩くから。泊めてくれるだけでいいの。そのまま週末まで一緒にいられると思うんだけど、ダメ?」
勢いに任せて目を輝かせるリカにあっけにとられていた大祐は、堪えたくても堪え切れない笑みを浮かべた。
「俺、ほとんど帰ってくる時間はわからないけどいいの?」
「私が泊まったらだめですか」
「だって、リカ。移動の足ないよね?どうするの?」
「タクシーでもなんでもあるだろうし、ちゃんと自分で事前に調べるから大祐さんに迷惑はかけないから!……駄目ですか」
そこまで言われて拒否をする理由など何もない。逆に大祐のほうが気になって早く帰りたくなるくらいだ。
「わかった。詳しいこと決めたら教えてくれる?もちろん、それまでにも会えるようにはするから」
「ん。でも、無理しないでね?」
「リカもね」
普段からリカがどれだけ忙しいかは代休のたまり具合でわかるというところだ。
ひとまずは、リカが休みの調整をするということで話はそれからになった。
7月10日
月に2度ある一番大きな情報部の全体会議では、企画や番組の打合せだけでなく、休みの調整も入る。その場で、リカは早々に休みを申し出た。
「そろそろ溜まりにたまった有休を消化させていただきます」
そう宣言したリカが7月の最終日と1日の二日を申し出たところ、意外なほどあっさりと許可が出た。
「佐藤。稲葉が休みの間はお前がヘルプにまわれ」
「わかりました。稲葉さん、ようやく代休とる気になったんですね。もうハネムーンもいかないし、空井さんといい稲葉さんといい、仕事どれだけ好きなんですか」
どっと会議室に笑が起こって、揶揄する声も上がるが、1年もたてばだいぶ慣れてきた。けろりとした顔で、リカは切り返した。
「仕事好きですよー。でも、頼りになる同僚が増えたのでちゃんとお休みはとろうと思ったんです」
「構わず休んでください!稲葉さん」
その一言ですべては決まった。半月先のスケジュールはいくらでも調整できる。ほかの日に調整できるものはどんどん調整し、どうしてもその日でなければならないものは珠輝が対応することにした。もちろん、判断に困ったときは阿久津が出ることにしてすべては動き始めた。
リカのスケジュールにはしっかりと月末の予定が書きこまれた。
7月23日
朝から、トラブルが続発して、情報局はてんやわんやの忙しさに追われた。
「珠輝、連絡とれたの?」
「まだです!」
昼をとることも忘れるくらい、恐ろしいくらいの炎上ぶりで、大祐との電話もメールもろくにできないまま、1日が終わり、その後を引いて、その週は対応に追われてしまった。
「稲葉さん、これ。……来週って」
「聞かない!聞かないから!!」
「だ、だって……」
どう考えても翌週まで引きずりそうなネタもある。代わりに今週差し込んでしまったネタの分だけ、来週のコーナーが厳しくなってしまう。その分のフォローが来週にまわりそうなのだ。
「稲葉さ~ん……」
「駄目!絶対私は休むんだから!珠輝だけじゃなくて、これだけ人がいるんだから何とでもできるはずでしょ!」
「それはそうなんですけどぉ……」
半泣きの珠輝の泣き言を強引に押し切って、週末を乗り越えたリカは、思いがけない事態にさらに追い込まれることになる。
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pixivからの転載です。