夏休みの過ごし方 12

風呂場から出てきたリカは、漂っていた香りに急激に空腹を覚えた。

「ちょうどよかった。できたよ」

パスタを茹でて、オリーブオイルとパスタソースを使って炒めただけの簡単なものだったが、鼻をくすぐる香りだ。
テーブルの前にすとんと腰を下ろしたリカの目の前にパスタの皿と、お茶のグラスを置く。

「麦茶、つくってくれてたんだよね。ありがとう」
「なんかいいかなって。……はぁ、お腹すいた」
「ほんとだね。食べよう。……はっ、なんか笑っちゃうね」

まだ取り残された気分を引きずったリカが、一拍おくれて顔を上げる。
何を言うのかな、というのは空腹に思考を持っていかれているのもあった。

ぐーっとリカが作っていた冷えた麦茶を飲んだ大祐は、急におかしくなって笑い出す。

「なんかさ。十代の小僧みたいだけどこんな夏休みでごめん」
「……え?」
「いや、せっかく来てくれて、どこかに連れて行ってあげればいいんだろうけど」

部屋に籠りっぱなしだったことを示しているのだとわかるのに少し時間がかかってから、気づいた。
ほわんとしていて、なんだかいつものペースではまったくないものの、とても満たされている気がする。

「……謝ってもらうようなこと?」
「あ、いや……。なんとなく?」
「私……、いやじゃないですよ」

きょとん、とした顔を向けたリカに、驚いた大祐は目を丸くしてから口元を押さえた。
耳まで赤くなった大祐をみて、グラスから手を離して大祐を抱きしめる。

「大祐さん、変なの」
「ごめん。俺がすごく幸せだから。俺だけが幸せでいいのかなって思っちゃって……」
「エレメントですよ?忘れないで」

二人の間にあるものだから、忘れないで、と言ったリカをぎゅっと抱きしめてからさすがに今はすぐに腕をほどいた。

「冷めないうちに食べよう。簡単で申し訳ないけど」
「ん。私、ここ一年でだいぶ、食べる事が好きになった気がする」
「そう?」

こくん、とリカが頷く。
別に今までも食べることが好きではなかったわけでもない。友人と出かけたり、街角グルメもおいしいものを食べることは好きだった。
でも、今までと違うのは、漠然とカロリーを気にしたり、万遍なく食べるように気を付けるだけではなく、旬のものをとること、バランスよくとること。楽しんで食べる事。

大祐と一緒に食事をする機会が増えて、無意識にそれらを楽しむようになった。
こうして二人で作って食べる食事も簡単なときもあれば、手が込んだ時もある。

それらは、いつの間にか生活の中でも大事な時間を占めるようになってきたのだ。

「簡単って言うけどおいしい。パスタソースそのままじゃないよね?」
「うん。ちょっとバジルを足して、オリーブオイルつかったよ」
「すごーーくおいしい」

口にして少し固めに茹でたパスタだからこそ、シンプルな味が引き立つ。
空腹だったから余計においしくて、あっという間に揃って食べ終えてしまった。

「少し飲む?」
「ん、そうしようか」

缶ビールを持ってきて、すぐに食べられるつまみをアテにして飲み始めた。

「大祐さんの夏休みは?」
「んー。やっぱり秋になりそうかな」
「じゃあ、だいたいの時期がわかったら教えて?まとめてとらなくちゃいけないの?」
「そうでもないけど、やっぱりまとめてとりたいけどー……」

足を崩して、床に片手をついて。崩した姿の大祐と向かい合って小さく笑う。

「ばらばらに、月曜日とか金曜日にお休みとってくれてもいいのよ?私は毎週、会えるのも嬉しいし……」
「あ……。うん。……考えてみるよ」
「うん。お願いします」

酒のせいもあって、とろん、と眠そうな目になってきたリカを見て、笑みを浮かべた大祐は、リカの缶ビールを手にすると、残りを一口に飲み干した。

「眠そうだよ。もう寝よう」
「そうでもないけど……。すごーくふわふわできもちいいのにな」

まだもう少し飲みたかったのに、というリカの頭を撫でて、空き缶を片付けた。
ぺたんと床に座り込んだままのリカに手を差し伸べて、ベッドまで誘導すると、腰を下ろした勢いで、横になる。

「ふわ……。いいな。このままごろごろしてたい」
「いいよ、そのまま寝ちゃいなよ」
「やだ……。大祐さん、何かしゃべってて?」

せっかく一緒にいるのだからと甘えるリカに、えーと、と頭をかいてから隣に長身を滑りこませた。
腕枕をしてリカを引き寄せるとその髪を撫でながら、何にしようかな、と呟く。

「そうだ。JOEさんのラストフライトの後、ウォーターファイトしたんだけどさ。トラックの荷台にブルーシートで水槽みたいに水張って、初めはバケツで水かけてたけど、最後にはそこにどぼんだよ。大抵、そういう時は靴を脱ぐんだけど、JOEさんはそのままざぶーっと。あれ、靴乾かすの大変なんだよ」
「えー……靴かぁ。洗わないもの?」
「洗えるような靴じゃありません。だから上手に乾かさないとがびがびだよ」

―― がびがび……。がびがびかぁ。パンプスも濡れちゃったら大変だもんなぁ……

ぼーっとしながら頭の中で考えていると、大祐の話し声が頭の中を上滑り始める。

「でも、あれだけの天気だったから、脱いだシャツはあっという間に乾いたよ」
「乾いたって……、大祐さんも濡れたの?」
「実は頭からびっしょり」

調子に乗った隊員たちにお前も日頃、惚気すぎだからと頭から水をかけられたのだ。幸い、大祐は覚悟していたので濡れてもいい靴を履いていた。

恒例行事でもあるので、濡れたものを脱いで外に置いておけば帰るまでにはあっという間に乾く。

「暑かったからちょうどよかったんだけどねぇ。リカは服を着たまま水を浴びるなんてことないでしょ?……リカ?」

すーっ、すーっと寝息が聞こえてきてリカが眠ったのを覗き見て、大祐も目を閉じた。

後一日。
夏休みを楽しもう、と思った。

投稿者 kogetsu

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