夏休みの過ごし方 5

11時27分

こんな日に限って、次々と動いていなかった仕事が動き始めた。
リカは、珠輝の代わりに代打に回った渡辺と荒木というディレクターの二人に引き継ぎを済ませた。もちろん、彼らも別な仕事を抱えているが、阿久津の指示もあって引き受けてくれた。

「稲葉さん、大変!止まってるって言ってたアレ、来てるけど!」

急遽の連絡先ということでメーリングリストに急いで二人を追加していた。動かないはずの案件からの連絡がメールに入ってきていたのだ。

「え、と。確認……」
「稲葉」

慌ててPCに飛びついたリカの背後に阿久津が立った。

「時間だ。仕事をきり上げろ」
「でも……!」
「渡辺。相手に内容確認を送れ。調整可能なら来週の稲葉のスケジュールを確認してあいている場所に打ち合わせをセッティングしろ」

リカが答えるよりも先に阿久津の指示によって渡辺はすぐにメールの返信にかかった。顔を上げたリカに阿久津はじろりとメガネの奥から目を向ける。

「いい加減にしろ。お前はどうしてそうやって自分で抱え込む。佐藤に引き継いだのと同じようにちゃんと人に預けるなら預けろ。いいか、お前が言ったんだぞ。誰かがいなくて回らなくなる仕事はおかしいとな」
「でも、まだ」
「荒木。後は引き継いだな」

首を振った阿久津に荒木と呼ばれた男性ディレクターが頷く。どちらも担当コーナーがあって、リカとはやり方は違うが任せられるディレクターだ。
ひらりと片手を上げた荒木は、くるりとリカの方へ椅子を回した。

「稲葉さん。いーかげんにしましょうや。俺も9月休みたいんだよね。そんときは稲葉さんに頼むよ」
「え?あ、あの……」
「だから。稲葉さん、出かけるんでしょ?新幹線の時間あるんでしょ?早く行きなよ」

荒木を見て阿久津が肩を竦めた。少しずつ、変えようとしている第一歩を踏むのがリカになったのも何かの運なのだろう。
早く行けと促されて、リカは片付けもろくにしないまま、席を立ちあがった。腕時計を見ると、12時過ぎには東京駅につけるかもしれない。予行のフライト時間は13:15分からだ。

―― もう今からじゃ間に合わない……

そう思ったが、メタリックブルーのキャリーバックを掴むと、フロアから急ぎ足で歩き出した。

12時35分

腕時計を見た大祐は空を見上げた。晴れてはいるが雲が多い。ただ、風も強くてかなり雲が流れているのもあって、時間をぎりぎりまで遅らせてみようかという案も出始めた。

リカからは新幹線に乗ったという連絡は来たが、それが何時に到着するのかも分からない。

―― ぎりぎりか、間に合わないか。厳しいだろうな……

ハンガー脇では、トラックにブルーシートで簡易プールが出来上がっていた。消防用の注水車も回されて、降りてきてからの恒例行事の用意も進んでいる。

タオルやそのほか、わかりきっているものは次々と用意されている。この天気だから靴まで濡れたとしてもすぐに乾くだろう。早めの昼をとっていたから後は空を見上げるだけだ。

「空井一尉、取材の方々が控室の方に……」
「わかりました。すぐ行きます」

取材班の人々のために控室を用意していたが、彼らだけを自由に出入りしていいとは言っていない。
その対応のために大祐は渉外室を出た。

16時30分

矢本駅についたリカは、肩を竦めてゆっくりと駅から出た。
新幹線に乗れたのは12:36分でその時点でもう間に合わないことはわかっていたが、リカはそのまま向かった。四日はとれなくなったが明日の川開きは見られる。

ロータリーの目の前に見慣れた車を見て、同じ車種だなと思っていると車の中から大祐が顔を出した。

「え?!大祐さん?」
「おかえり、リカ」
「なんで?仕事は?」

ドアを開けて半分だけ身を乗り出した大祐に思わずリカが指差して声を上げた。間違いなく今は仕事が終わる時間でもなくて、取材でもないリカが来るために仕事を抜けてくるとは思えない。

口をパクパクさせてリカが驚いていると、大祐が笑いながら車に乗る様に言った。

「ちょうど取材に来ていた記者さんを送ってきたんだよ。テレビ局の取材の方は車だったけど、フリーペーパーの記者さんは歩いて帰るっていうからさ」

新幹線に乗ったはずの時間からおおよその時間を確かめて、少し待てばリカがおそらく到着するだろうと思って待っていたのだ。

「送るから乗って。今日も遅くなりそうだから、先にご飯とか食べててくれる?」
「ん。それはもちろん」
「部屋に夕食は用意しておいたから」

すぐに出発したブルーのスイフトもそろそろ乗換だという話をしながら官舎へと向かう。リカを下ろしたところで大祐はまだ仕事があるからと戻っていく。
その車を見送って、リカは大祐の部屋へと入った。

部屋に籠っていた熱気に顔を顰めながらリカは部屋に入った後、一度窓を開ける。生温いながら熱気は逃げて行って、しばらくしてから窓を閉めてクーラーをつける。
荷物を置いて、ひとまずシャワーを浴びようと着替えを取り出した。

この部屋にもだいぶ慣れて、たくさん荷物を持っていなくても東京と往復できる。バスルームに入ったリカはざっと汗を流した。

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pixivからの転載です。

投稿者 kogetsu

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