夏休みの過ごし方 7

8月1日

―― ……

「リカ。そろそろ起きて何か食べようか」
「……ほしくない」

ベッドの中から聞こえてきた低い声に苦笑いを浮かべる。もうそろそろ朝を抜いたとしても支度を始めなければならない。正確に言えば昨夜からろくに食べていないのだ。途中で、冷たい水や飲み物はいくらかとったがそれきりである。

風呂場には向かったのに、結局、ベッドに逆戻りして貪った気がする。

「じゃあ、何か少しでもいいから食べるんだよ。俺はそろそろ支度していかないと……」

ベッドの中からわずかに顔を出したリカが大祐を見上げた。

「ん?」
「……今日」
「うん」
「……動けなくてどこにも行けなかったら大祐さんのせいだからね!」

ぼそぼそと呟かれた言葉に、ぶっと吹き出した。制服に袖を通しながら笑みが浮かぶ。悪いなんて思っていたのは初めの頃だけで今は反省するどころか、リカを満足させられただろうかと思う。
何度も追い込んで、離れていても自分を思い出してしまえばいいとエゴイスティックに思っているなんて、リカは知りはしないのだが。

着替えを終えて、ベッドの脇に膝をついた。

「リカ。もう行くから顔見せて?」
「……うー」

くしゃくしゃになった髪を一生懸命手でとかしながら起き上がったリカの額に、キスする。

「リカの元気、もらっちゃったから俺はめちゃくちゃ元気だよ」
「……もっていきすぎです!」
「あはは。じゃあ、ちょっとだけ元気、返そうか?」

ひょい、と胸元を押さえていた手をどけて、胸の内側にちゅ、とキスマークをつける。

「ちょっ!」
「ここなら見えることはないでしょ?じゃあ、出かけるなら気を付けて。今日も暑いから無理しちゃ駄目だよ?」

立ち上がった大祐をぶつふりをしてから、それでも笑みを浮かべて送り出した。

11時過ぎ。
大祐が出て行ったあと、少しだけのつもりで横になっていたリカは気が付くと10時を回っていて、慌てて飛び起きた。かき集めていた着替えを抱えて風呂場に駆け込む。急いでシャワーを浴びている間に、時々いたたっと、どことなく痛む体に恨めしい顔になりながら熱めの湯を浴びて風呂場を出る。

ざっと髪を乾かして着替えを済ませたリカは、日焼け止めをばっちり塗ってから鞄を手にした。

今日は仕事で使うハンディを持ってきている。バッテリーを確認してから、部屋を出た。

駅までは歩いてもそれほどかからないつもりで歩き出したが、5分もすれば汗が滲んでくる。それでも都内よりはだいぶ涼しいかな、と思いながら矢本駅に着くと、仙石線に乗って15分程度だろうか。
石巻の駅前から目の前の大きな通りをまっすぐに進む。スマホで会場の位置を確認しながら周りを見ると小さな店も通りの飾りも祭りににぎわっていた。交差する道に少し戸惑いながらも人の多い方へ向かっていくとお祭り広場にすぐにつく。

広場は商工会議所がメインで小さなブースが多く、復興や地元を考える会など、割合、硬めのブースが並んでいた。

カメラを取り出してざっと流しながら周りに出ている出店にも目を向ける。何も食べていなかったので、出店の一つでお茶を買うと、一通り見ながら焼きそばには手を出した。

時計を見ると13時近くてリカは大通りの真ん中あたりまで歩いてきている。
展示飛行の終了後にはサイン会があるという商工会議所の近くまで来たところで、近くの出店からかき氷を買って、ブルーハワイの青を口に運んでいる間にも暑さでどんどん氷が溶けていく。

商店街には臨時なのか、スピーカーが取り付けられているようで、にぎやかな音楽の間に、迷子放送やみこしの開始案内などが流れていたが、その放送で展示飛行の案内が流れると日陰を求めていた人々が次々と大通りに出てきた。

完全に通行止めになっていたので、道路の真ん中に立ったリカは、空を見上げた。

―― ちょっと雲が多いかな

不安そうに見上げるとリカが駅前に来た時よりはだいぶ晴れ間が見えてきていた。
大祐に以前聞いた話では、飛んでから演目が変わることはないというから、飛ぶ前にはこの空の様子で決まっているはずだった。

「あ」

少し離れているところから音だけがきた、と顔をあげた。あっという間に飛んできたその影は、前に見た時と少しも変わらないきれいな編隊飛行が真上を飛んでいく。カメラを構えたリカは極力その演目を捉えられるように見上げた。

―― よかった。見られて……

以前は見られなかったクローバーや違う演目が混ざっていて、調べたつもりでも組み合わせを見ていると、つい、おおっとぶれそうになってしまう。

息を止めて、あっという間の時間に思えたが、時計は約30分過ぎていたようだ。

最後の飛行を追いかけてからカメラを下ろしたリカは、ふう、と息を吐いた。
胸にこみ上げてくるものをどういえばいいのかわからないが、リカと大祐にとってはかけがえのないものだ。

涙が滲みそうになって、目を瞬いたリカは、サイン会が行われているというすぐの場所へと歩き出した。

商工会議所の駐車場をサイン会場にしていたので、そのテントが立つ方へと向かう。大祐がどうしているかは知らずに向かったリカは、待機している隊員たちの後ろの方にちらりと見えた後姿に我に返った。

仕事明けで、その後も打ち上げやなんやと引っ張られて車を置いて帰ってきた大祐は、したたかに酔っぱらっていた。

「ただいまっ」
「おかえりなさ……。きゃっ」

玄関で大きな声が聞こえたので寛いでいたリカが立ち上がって迎えに行くと、酔っ払い状態の大祐に思い切り抱きつかれた。加減なく、思い切り抱きしめられると、息が苦しくてばしばしと大祐の背中を叩く。

「くるし……、大祐さん!もうちょっと緩めてっ」
「ごめん~。でもリカがいる~」

大祐的には多少腕の力を緩めたのだろうが、ぎゅっと抱き潰されていることには変わりない。ちょっと待って、と言って部屋に入る様に半歩後ろに下がるとそのまま大祐がくっついてくる。

「大祐さん!とにかく、部屋に入って……。おもっ」

絶対に倒れないだろうとは思っているが、大祐が抱きついたまま移動しようとするとリカが引きずるような格好になってしまう。
ぐーっとリカに体を預けていた大祐が、靴を脱いで蹴飛ばすように放り出すと、ひょいっとリカを抱きしめたまま抱え上げて部屋の中へどたどたとなだれ込む。

「駄目っ!もう時間遅いのに、響いちゃうってば!」
「んーっ。わかってるー。でもリカが、おかえりって出迎えてくれたーっ」
「するわよっ、そのくらい!それより、ほら、シャワー浴びてきて。もう、どのくらい飲んだの?お酒臭ーい」

夏場ということもあって、飲んだ分だけ汗になっているのもあるだろう。体育会系ノリで大量に飲まされたのか、あまり見たことがない酔っ払い姿に困りながらなんとか引きはがそうとするがなかなか離してはくれない。

「うーっ。じゃーあ!一緒に入って!」
「えっ!だって、私、もうお風呂に入ったし……」
「いーからもう一回一緒に入って?」

べったりと腕を解く気がない大祐は、そのままぐるぐると回った後、風呂場に向かってリカを連れて移動しようとする。慌てて、ばしばしと腕を叩いたリカにようやく足を止めて顔を見せた。

「……だめ?」
「そん……っ、そんなお願いされたって困る!」
「どうして?」
「だって、もう入っちゃったし」
「もう一回入るのはいけないの?」
「いけなく……はないけど……」

ふっと一瞬、腕が緩んだと思ったらにこっと笑った大祐がもう一度、ぎゅっと抱きしめてきた。

「じゃあ、いいんだね!」
「え?ええっ?」

抱き上げられてそのまま風呂場の前に運ばれると、片腕だけ外した大祐は制服を脱ぎ始めた。

 

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pixivからの転載です。

投稿者 kogetsu

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