新しい村に車が到着すると、鉄彦はエンジンを止めた。秋と冬の境は日に日に日が傾くのを早くしている。
「……やれやれ」
運転席で体を捻った鉄彦は助手席の後ろのシートに乗っている完全ガードされた寝袋をがんがんっと拳で叩いた。
「つーいーたー!」
大きな声をあげて、しばらく時間がたってもなかなか寝袋ならぬ、寝箱が開かないので、せっかちな鉄彦はもう一度拳で箱を叩いた。
「……わかってるよ!ちょっと待てって」
ごそごそと中で動く気配がして、さらにしばらくしてから籠った声が聞こえてきた。
背中を逸らせて首を回していると、どさっと音がしてから蓋が開く。
「あのさぁ。もうちょっとソフトに起こしてくんない?俺だって、なんていうか、時々ひどい振動で起きたり眠ったりしてるわけだから」
「なんだよ、それ。俺、運転うまくなったし!ついに免許だってとっただろ!」
つい先日、立ち寄った先の大きな街で鉄彦は免許を取ったのだ。それまでは無免で運転していたわけだが、やはりちゃんと免許を取った方がいいということで、森繁が教えてようやく三度目でパスした。
寝ていた箱から体を起こした森繁は狭い車内を移動して助手席に移動してくると、車の外を映し出すモニターを眺めた。
どれもこれも、夕暮れ時の薄暗さで、間もなく完全に暗くなる。
「……あのな?確かに免許はとったと思うよ。でもそこには道路状況の劣悪さや刻々と変わる交通状況なんて入っちゃいない。いくら鉄彦がうまくなったと言っても、障害物を……」
そこまで声を上げてから、面倒になったのか飽きたのか、森繁は言葉を切った。軽く首を振って、こんなことは意味がないとばかりにまだ眠い目を閉じる。
「……もういいよ。とにかく、村?街?ついたんだろ?降りよう。降りて、俺達が起きたまま会話ができる貴重な時間を楽しもう。ついでになんか食べればいい」
何だよ、と小さな呟きの後、モニタに写った表が暗くなったのを確かめて勢いよくドアを開いた。ふわぁっと冷えた空気が車の中に入ってくる。
「んあぁぁっ!……だいぶ冷えてきたなぁ」
遅れて車から降りた森繁は寝起きだけに、鉄彦よりも寒さを感じるはずだったが、ノクスである森繁にとっては昼の濁りを含んだまだ濾過されていない水を飲んだような気になる。
「早く行こう」
そういって、埃っぽい薄暗い道を歩き出した。
大抵の街や村には境界などない。何もない場所から少しずつ家や建物が増え始めて土地登録の在る場所を境に標識が立っている。
ここもそんなひとつである。近場には大抵、ノクスとキュリオの居住する境界のあたりに大きめの駐車場があった。
そこから歩き出した森繁と鉄彦は近くに見える建物の一つに近づいた。どこに行ってもある類の、案内所と思しき建物に近づくと、中を覗き込んで機械式の受付があるのが見えた。
「鉄彦。ちょっと見て来よう」
声をかけて中に入ると、人を感知したコンピュータが反応する。
『こちらは案内センターです。ご用件をどうぞ』
「ここのマップが見たい」
元々森繁のいた長野のように地下鉄が走るほど大きな都市ではない。ぴっと端末が動いてすぐにマップが表示された。
『小戸自然村のマップを表示します。ノクス用を表示する場合はグレーのノクス用をタッチ、キュリオ用はブルーのキュリオ用をタッチしてください』
モノクロの線画状態の地図の端に、キュリオ用とノクス用とタッチする場所がある。先にキュリオ用をタッチすると、車を止めたあたりから推測できる範囲のおおよその全体図が見て取れた。
さして広くもない。大昔に作られた自然村というキャンプ場よりもさらに大きいレクリエーション施設レベルの範囲でしかない。そこにノクス用をタッチすると案内センターのすぐ近くに入り口があるらしい。
地下に降りる階段とスロープ。
車で移動するのは森繁たちが入ってきた方向とは真逆の山側の方にあるらしい。
「……ふうん。これだけか……」
地下は地上よりもわかりやすい。
小さな集落の割に、わかりやすくコンパクトにまとまっていることはわかる。
「なんっていうか……、あれ。あれに似てねぇ?」
傍から覗き込んだ鉄彦がこめかみのあたりをぐりぐりと押さえてからあれ!と大声を上げた。
「ローマ法王?」
「バチカンだろ!」
突っ込み返した森繁は、食事ができる場所とホテルの場所を確かめた。それから積み込んでいく食料を買うための店を確かめてから、建物の中をきょろきょろと眺めている鉄彦と共に案内センターを出る。
山間にある集落だけに外からの人間は滅多に来ないのだろう。もともと人影は少なかったが、キュリオの建物らしき周囲からは二人に対する視線が感じられた。
「なんっか、薄気味わりぃな。ここ」
「馬鹿。そんなこと言うなよ。小さな集落は、外から人が来ることなんて少ないんだ。それでもレストランやホテルがあるらしいし、研修センターっていう建物があったから、近くの街とは交流があるんだろうな」
地図には公的な建物の名称も出ていたからそれはわかっている。
キュリオの店はもう閉まっているのもあって、二人はノクスの街への入り口に向かった。