私達は、朝早い時間に新幹線に乗っていた。東京から約2時間をかけて、宮城県の東松島市へ向かう。震災の折には救助活動の拠点の一つであり、彼ら自身も被災した航空自衛隊の松島基地である。
ブルーインパルスの帰還の際には、帝都テレビも取材をしていた。
その基地の中で一人の女性が退官するというので、私たちは制服シリーズの最後を彼女にさせてもらった。
通された応接室の中で、私たちが準備するのを彼女は黙って待っていた。周りの方々にも取材させていただくようにお願いしておいて、私たちは彼女と向き合った。
「それでは始めさせていただきます」
私達が声をかけたところで、すうっと彼女の空気が変わった気がする。
大原美香さん(仮名)
華奢なその女性は自衛官と知らなければ驚くだろう。そんな彼女と私たちは向かい合った。
「初めに、大原さんがお辞めになるきっかけはなんだったんですか?」
「簡単で、よくある話です。親が年老いてきて、私は一人娘なので家を絶やすなと言われて。田舎にはよくあるんです。大した家でもないんですけど」
他の方々とは違って、インタビューという形をとったのには、彼女の職業もある。
航空自衛隊。私達が簡単に仕事中の様子を取材するには難しい部分が多い。
話を振り始めてから、彼女は確かに緊張をしているように見えた。当たり障りのない仕事の話、それから少しずつ彼女の話し方は初めの印象から少しずつ変わっていき、強い攻撃性が垣間見えるようになってくる。
「そうですね。都会に暮らして、テレビ局に勤めているような人たちにはわからないと思います。田舎に縛り付けられるようにして、価値観もすべて、そこにないものを求めるようなのはおかしいと言われるような場所から抜け出したのに、また戻らなくちゃいけない。放送されていた、制服シリーズもみました。あんなきれいにまとめられるようなことは全然ないです」
吐き捨てるように口にした言葉やその強さが、彼女の後悔や嘆きが詰まっているような気がした。
吐き出せるならその思いのたけをすべて出し切ってもらいたかったが、早口になってしまう彼女を私たちも引きずられてしまう。
彼女にとって、私たちはその刃をもっとも向けやすい象徴に思えた。
「次に。ご実家に戻られた後はどうされるんですか?」
「見合いして、どうでもいいような相手と結婚して田舎の主婦です」
はっきりと上がった口角をみて、私たちは自分たちがどこまで客観的に、彼女の立場や環境に踏み込めるのか、試されている気がする。
「ご自身でなにか、ということは難しいんでしょうか?」
「好きな相手には振られましたから。おかげで最後の最後に謹慎を食らいましたけど、後悔はしてません」
芯に強いものを抱えている。それが彼女の本質であり、恐らくは恋愛に関しても同じくらいの強さをぶつけていったのだろう。強い思いは、自分自身を守ることもあるが、時には、自分だけでなく人をも傷つけてしまうことがある。
私たちは一度、クールダウンをとるために、ほかの隊員の皆さんからも話を聞くことにした。
場所を基地の食堂へと移した私たちのもとへは、特に制約なく話をしたい方に来てもらうことにした。わいわいとにぎやかにカメラと私たちを取り囲んだ隊員の方たちの服装は思いがけずまちまちである。
「どんな話でもいいんですか?」
少しミーハーさを見せながら皆さんは明るく気さくに声をかけてきてくださって、私たちはもちろんだと答えた。
「大原は、もったいないと思うんです。本人はきっと否定をすると思うんですが、どんな仕事でも同じだと思うんですが、周りを見て、必要なものを自分で考えて行動できる。こういうセンスがある人間は貴重だと思うわけです」
―― お若い方ですが、配慮がある方なんですね
「そうですね。配慮というより、本当にセンスがある、というのが一番合ってる気がします」
―― なるほど。大原さんの上司にあたられるんですよね
一番先に話し始めた彼女の上司にあたる隊員の方が明るい印象のままはっきりと答えてくださった。
濁りも澱みもない。
それが言葉よりも何よりも、彼女の評価ではないだろうか。
清々しい表情を見ていると彼女が職場においてどんな存在だったのかがうかがえる気がする。そして、その温度差の大きさも見えてくる気がした。
―― お話よりも、皆さんの雰囲気が物語っている気がしますね
「本当ですよ!」
「こんな風に言ったら、きっとバカっぽく見えるかもしれないですけど、笑顔を振りまいてくれて、それに癒されてた隊員も多いと思いますよ」
―― 本当ですか?
ワイワイとカメラと私たちを囲んだ人の向こう側から覗き込むように顔を出した二人の隊員の方が、笑顔で問い返した私たちから恥ずかしくなったのか、逃げるように向こう側へ行ってしまう。
どっとその場に笑いが起こって、気づけば誰ともなく拍手が起こった。
次々と、彼女のことを癒される存在だと言ったり、少し気が強いといったり、様々な面を語ってくれる隊員の皆さんの話を聞きながら、彼女は、この制服シリーズの象徴のような存在に思えた。
―― 水野さん。ご無沙汰してます
「……ご無沙汰しています」
―― お元気ないようですが……。その後いかがですか?
「……」
沈黙が返ってきて、顔を背けた水野さんは、近くに見える勤め先の建物を見上げた。休憩時間だという彼女の退職日はもう迫ってきているはずだった。
―― お仕事の方は……?
「……駄目でした。全部駄目で……。ホテル学校の専門学校に入ることにしたんです」
―― 学校?ですか。
私達が驚く顔に彼女は苦笑いを浮かべた。制服の帽子を手にした彼女の顔にはどこか疲れが滲んでいる。全滅だったということは、応募した仕事はわずかではなかったのだろうから、その分だけ仕事を休んだり、受験したり面接を受けたりとしたのだろう。
まだ冷たい風が制服だけの彼女の肩を余計に寒々しく感じさせる。
「なりたい仕事につけるなんて、そうそうないですよね……」
夢を見すぎたのかな。
寂しそうに呟いた水野さんは、1年、専門学校に入って学んでからもう一度ホテルを目指すらしい。
年下にまじって入学式だという彼女に、頑張ってください、と声をかけた。
スーツ姿の高橋さんはビジネスバックを手に駅の改札前で待っていてくれた。
「すみません!時間があまりなくて」
―― いえいえ。こちらこそお忙しいところに無理を言ってすみません。
あまり時間がないので、と言う高橋さんの後に続いて私たちは駅の構内を出てすぐの場所にあるベンチに腰を下ろした。
「こんな場所で申し訳ないです。自分、今は時々、客先を回るんです。今日はその間の時間があるので、社には許可をもらって」
―― お仕事が決まられたんですね。おめでとうございます。いかがですか?
スーツ姿の彼は、少しだけ苦笑いを浮かべた。スーツは、オールシーズン用の、春先には少し早いかもしれないもので、コートを着ていても、少しばかり寒そうに見えたが、スーツにはあまり不向きなコートだからなのか、手に抱えているだけで身につけてはいない。
「やっぱり、何でも楽じゃないですよね。前の仕事のことを聞かれることが多くて……。世間のイメージってこういうものだったんだって、いまさらですが思います。ヒーローみたいにかっこよく思ってくれている人なんて一握りで、ほとんどの人は死体を運ぶこともあるのか、とか火事でどんな大変な現場に行ったのか、とか興味本位なんですよね」
―― そればかりではないと思いますが、やはり身近な存在ではないからではないでしょうか
セキュリティ面での問題もある。誰もが気軽に職場訪問できるような場所ではない。テレビ番組などで特集も組まれはするが、やはりそのイメージを増長するようなものが多いのも仕方がないのだ。
「身近じゃなかった、訳じゃないんですけどね。自分、少し……。いや、随分考え方が変わりました」
胸のポケットから携帯を取り出した高橋さんは、時計を見てその場から立ち上がる。
私達の到着が30分ほど遅れたこともあり、もう時間切れなのだろう。
「仕事は、夢だけじゃないんだって、よくわかりました。もちろん、仕事ですから全力でやりますが、仕事は仕事。でも、自分の夢はやっぱり夢なんです。仕事ではなくなりましたけど、こういう仕事なんだってわかってもらえるような、身近に感じてもらえるような……。そういう活動をしていこうと思っています」
具体的な活動が見えてきたら、今度はそっちも取材に来てくださいね、と大きな手を差し出した高橋さんに、私たちは頷いて立ち上がりその手を握った。
「不摂生がたたってますね。お仕事柄仕方がないと思いますが、食事の時に、野菜ジュースでもいいからつけるように気を付けてみてください。後、コーヒーの飲みすぎ、お酒、寝不足ですね」
都内の大きなオフィスビルの中に、小奇麗で清潔感溢れる広々したフロアが広がる。その中の一室で白衣を来た藤堂さんの前に私たちは座っていた。
正確に言えば、インタビューを行う私が座り、診察が終わってからカメラが入った。
検診を専門に行う大きなクリニックで、様々な企業と契約をしている。健康診断や人間ドックなどを行っていて、フロントで受付を済ませるとスポーツクラブの様な更衣室で検診着に着替える。
そこからロッカーのキーとIDを兼ねたリストバンドを付けて、各検診を回るのだ。
―― こちらの職場はいかがですか?
「普通のサラリーマンみたいな勤務時間なんて初めてですからね。落ち着かないですよ」
そういって笑った顔は、初めに会った時の、疲れ切ったクマの浮かんだ顔とは違っていた。すっかり、と言うほど、時間がたったわけではないが、明らかに違うことは見て取れた。
「ここにきてまだそれほど時間は立っていませんしね。検診というのは本人に自覚があってきたのとは違って、こちらが不調を見抜かなければいけない。気を抜けないことは変わりがないです」
―― お医者様ですからね。ご自身の体調の方はいかがですか?
「まだ。自分自身の長年の不摂生は、すぐに治るものじゃありません。ここに来る皆さんと一緒ですよ。少しずつ、毎日気を付けて、戻していくしかないんです。何もかも一度に治るくすりなんてありませんからね」
そういって、ぱちん、と片目をつぶって見せた藤堂さんは、電子カルテに診断内容を打ち込んでいった。
診断結果は後日う輸送で自宅へ届くと言うので、私たちは立ち上がる。
「一年に一回、また検診を受けに来てくださいね」
ひらりと手を振った『藤堂先生』にお礼を言って、診察室を後にした。
取材のついでに、次の松島行のチケットを手配しに向かった私達のもとに、連絡が入った。
『仕事が決まったんです。またお目にかかれませんか?』
彼が向かった先は名古屋である。私たちはすぐに取材の予定を立てて名古屋へ向かった。
新幹線が着いてすぐ、ホームから改札を目指して歩き出した私達を、思いがけない笑顔が出迎えてくれる。
「わざわざありがとうございます!」
―― えぇっ?!斉藤さん?
「はい!私、今はこの駅で働いてるんです!」
制服は違えども、相変わらず人好きのする笑顔で出迎えてくれた斉藤さんは、ホームにある駅員室へと私達を案内してくれた。
普段は駅員が待機しているような場所ではない。繁忙期にホームの混雑を整理したりする際に、待機する場所である。
―― 初めて入りました。普段、いつも施錠されていて、人がいるのをあまり見たことがないですが……
「そうですね。普段、私たちもあまり使いません。そういう場所なので、珍しいかなと思って」
―― 確かに珍しいです。ところで、斉藤さん、こちらでお仕事をされているということでしたが……
立てかけてあったパイプ椅子を拾げて私たちの分を用意してくれた斉藤さんは頷いて、胸にしている身分証を見せてくれる。
「わざわざおよび立てしたのは、お礼を言いたかったからなんです」
斉藤さんが登場した回の後、務めていた職場を退職した斉藤さんは、奥さんの転勤にあわせて引っ越ししてきたという。そこに、元々勤めていた勤務先から連絡があったらしい。
放映を見た同系列の鉄道局から、契約ではあったがどうだろうかと言うことですぐに斉藤さんと面接になったという。
「正直、テレビに出るなんてどうかなって思ってたんです。奥さんにくっついていく情けない男なんて思われるんじゃないかなって。でも……、あとで録画しておいた放送を見たらすごく、フラットに取り上げてくださっていて、すごく嬉しかったんです。そして、それを見て声をかけてくれる人がいるなんてすごいですねぇ」
しみじみと呟いた斉藤さんは立ち上がって、私達に丁寧に頭を下げてくれた。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
私達に斉藤さんは初めて会った時と変わらない笑みを浮かべていた。
次回 最終回 未来への宿題