制服シリーズ 特集『制服を脱ぐ人たち』最終回のおまけ

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オマケ

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初めの数話は、宮城でも遅れて放送されていたから見ることができた。
だが、後半は引き継ぎや引っ越しの手配に追われて見られていない。

リカに頼んで撮っておいてほしいと言ってあったが、なかなかその後もバタバタして見る機会を無くしていた。

「空井一尉」
「はい?」
「これは空井一尉あての郵便ですねぇ」

そういって比嘉から渡された封筒は、郵便で丁寧に書かれた宛名をみてもぴんと来なくて後ろを返してみた。

『大澤由香』

「……だっ!」
「だ?」
「……いえ。なんでも」

慌てて封筒を表に返した大祐がここで開けるべきかどぎまぎしていると、モニターを向いてちらりとも視線を向けていなかったはずなのに、ぽつりと比嘉が呟いた。

「……稲葉さんとご覧になったらよろしいかもしれませんね」

はっと比嘉の横顔を見た大祐に、比嘉は無表情なままで何事もなかったような顔をしている。移動してきた大祐のことは、かなり伏せられていたようだが、噂にはなっていた。

時々、名前を知っている程度の相手から当てこすりを言われる程度のことはあったが、ほとんどは広報室のメンバーが火消しに動いてくれたこともあって、目立つようなものはない。
そんなところに、こんな郵便が届くのは比嘉でなければ、目についたかもしれない。

「……」

黙って頭を下げた大祐はするりと鞄に滑り込ませて、モニターに戻った。
しばらく、画面を見ていてもどういう内容だろうかと気になって仕方がなかったが、それを見越していたのか、比嘉に打ち合わせに呼ばれるうちにそれを忘れて行った。

家に帰ってから、今日はリカの方が帰りが早かったこともあって、なかなかそれを思い出せないまま、週明けの支度をと鞄を開いた。

「うあっ!!」
「っ!な、なに?大祐さん、急に……。びっくりした」
「これ、忘れてたんだよ。先週もらったのに……」

大股でテレビの前にいたリカのもとに近づく。
驚いて目を丸くしていたリカの目の前に封筒を差し出した。

「これ。郵便で来たんだよ」
「……え」

ぱっと宛名のあとに裏側を返した大祐にリカの表情がさっと変わる。

差し出した大祐はそれをリカの手に委ねた。

「あけて」
「ちょっ、だめだよ。これは大祐さんあてのだから」
「いいんだ。リカにも知ってほしいから。それに俺はリカに言えないことは仕事のこと以外ではないよ」

その言葉に封筒の端を指先でぴりっと1㎝くらい破いたりかは、そこで手を止める。

「……違う。やっぱりこれは大祐さんがあけて?それで、読んでみてからもう一度、考えて」

押し返された封筒をじっと眺めてから頷いた大祐は、リカが少しだけ隙間を作ったところから封筒を開けた。
二つにおられた便箋。
それを開いて大祐の視線が動いていくのを黙って見ていたリカは、にぎやかに鳴っていたテレビを消す。

「……リカ」
「はい」

呼びかけるだけ呼びかけておいて、まだ手紙を読み続けている大祐に、リカは膝の上に手を置いて待つ。

何度か、便箋がゆきつ、戻りつしているのを見ていると、もう一度大祐が口を開く。

「リカ」
「何?」
「……そういえば、俺、あのシリーズ最後まで見てなかったよね?」
「え?……ああ。うん、そうだね」

便箋を二つ折りに戻した大祐はリカに渡すよりも先にリモコンに手を伸ばす。録画を頼んでいたから、この部屋のブルーレイの中に残されているはずだった。
言葉よりも先に行動がでる大祐に、さすがに慣れもする。
大祐が探している手に手を重ねたリカは、リモコンを譲り受けて録画データを探した。おそらく大祐が見たいのは由香が出ていた2回だろうと4回目のコーナーから再生する。

先に、リカに手紙を渡せばいいことくらい大祐にもわかっている。
だが、食い入るように大祐は画面を見つめていた。あの時、見るべきだったと思いながら、そのカメラがとらえていた姿を見て、無意識に口元を押さえた。

4回目が終わると、手を伸ばして再生を止める。
リカは黙って次の回を再生した。

「……」
「大祐さん?」

私達は同じ。

あの時。リカは一番理不尽に傷つけられたはずなのに。

「あ……。うん」

なんて言われるだろう。
身構えていたリカは、目の前で鳶色の瞳がみるみる潤んでいくのを見て、さすがに慌てる。

「え!……あの、ちょ……」

どうしたの。
そういいかけた。

慌てて、ティッシュでもと動いた手をぎゅっと握りしめられた。

「だい……」
「……ごいよ……」

すごい。
誰かの心を、動かすものが確かにそこにはあると思えた。

リカの手を掴んだまま二つ折りの便箋を差し出す。

「大澤の……。リカへの」
「……わたし?」

片手を握りしめられていたら、と思っているとぎこちなくその手が離れる。そっと飾り気のない薄い水色の便箋を開く。

『空井様』

てっきり大祐宛だと思ってその出だしを読み始めたリカはすぐに宛先に自分も含まれていることを知る。

『もう、私は一民間人なので、一尉殿とは書きません。空井様。これは私に出されていた宿題の提出です』

未来への宿題。

それは、最終回のタイトルでもあり、リカがインタビューの最後に由香に問いかけたものだ。

『私は、ずっと思い通りにならない親や、自分が生まれた環境をどこかで疎ましく思っていました。周りにいた友人達同様に、ずっと縛り付けられて、何もできないまま、埋もれていくのかと思うと、耐えられませんでした。』

大祐に薄らと聞いた由香の家の話を思い出す。ありふれた話でもあるが、捉え方はいろいろあって、悪意がないからこそ、苦しんだり、悩んだりもする。

『私 がそれまで知っていた空井一尉は、優しくて、心配りのできる優秀な方でしたが、どこかいつも苦しそうでまるで自分を見ているようで、あまり近づきたくな かった。でも、突然の結婚と、それからの空井一尉は、雲の下から出たように、晴れやかでいつも奥様のことを想っていることを話されていて、本当に、うらや ましかったんです。』

かさ、と微かな音をさせて、便箋をめくる。あからさまには書いていなくても、大祐に対して、由香が恋に落ちたのだろうと思うと、便箋を持つ、指先が震えそうになる。でも、この手紙が伝えようとしていることはもっと違うことだった。

『しばらくして、帝都テレビの名前で、DVDが送られてきました。自分の姿なんて無様すぎて見たくもなかった。
でも、気になって、時間をおいてから見てみたんです。
驚きました。シリーズ全部が入っていて、全部を通してメッセージが込められているような気がして。
インタビューの最後で聞かれた宿題の意味が分かったような気がして、悔しさとは違う涙が出てきました』

ゆっくりと文字を追いかけるリカが、便箋をめくるタイミングで、大祐が口を開く。

「そこまで読んで、俺も見てなかったと思って慌てたんだ」

続きを読んで、と促すとリカが再び便箋へと視線を戻す。

『やり残したことは“続けること”でした。そして、これから望むことは、“続けること”です。
私は、どれほど頑張っても、望んでも、無理かもしれないけど、空井一尉の様に、誰かを想いたい。奥様の様に、まっすぐに人と向き合えるようになりたい。それが私が望むこと、求めることです。
いつか、お二人の前に立っても恥ずかしくないと思える自分になれたら、必ず、お詫びに行きます。本当に申し訳ありませんでした。
どうか、お二人にはいつまでもお幸せでいてください。いつまでも憧れの、空井一尉と奥様でいてください。
お二人には、感謝しかありません。
本当に、ありがとうございました。』

最後には、茶目っ気を出したのか、宿題提出日、と日付と名前が記されていた。

テーブルの上に便箋を置いたリカを、大祐はそのまま抱きしめた。

「本当にすごいと思う。リカが……、大澤を変えたんだ」

誰かの心を動かすことなど、簡単にできるわけもない。

だけど。

シリーズの中に登場した人もそんなことを言っていたが、リカやリカ達の作った番組が誰かに伝わって、そして誰かを動かした。

「俺も、リカに会って、変わった。……すごい。すごいよ。リカも佐藤さんも、坂手さんも大津君もみんなすごい。……ありがとう」

ばたばたしていたとはいえ、評判は気になっていたが、比嘉のいい仕事だったと思いますよ、という言葉にほっとして取り紛れていた。

―― もっと、早く見ておけばよかったな

取材から数えて、4か月近くが立とうとしている。

とんとん、と大祐の背中を軽く叩いたリカに腕を緩めた大祐は、真面目な顔をしたリカを正面から見た。

「大祐さん。テレビにできることなんて、たかが知れてるんです」
「え……そんなこと」
「いいえ。たくさんの人が見るからとかそういうことじゃなくて、結局、見る人に委ねられているし、伝えられることなんてほんの少ししかないんです。一人一 人と同じ。私が大祐さんと出会って、変わったように、大澤さんが変わったのは、私だけじゃなくて、大祐さんや基地の人たちや、出会った人すべてのおかげで す」

自分を形作るものは、自分一人だけではない。
あの時、大祐をひどいと責めてしまったが、今も時々思い返す。ひどいのだろうか、と。誰かに向けられる感情をひどいと片付けられるのか。
苦しくて、たくさん泣いたけど、リカは自分自身の目を逸らしていた我儘な自分や、汚い気持ちとも少しだけ向き合えるようになったと思う。

「私も、よかったとは思ってませんけど、少なからず影響を受けましたし、私にとっては、大祐さんが……てくれるほうが……」
「え?何?」

照れくさくなったのか、視線を逸らして、俯いたリカは口の中でぶつぶつと呟く。
こうして、今は大祐が傍にいてくれることが毎日、どんなに忙しくてもたわいない喧嘩をしても、嬉しくて。

だから、なかったほうがいいなんて思わない。
まだまだこれから何があるかわからない中を生きていくのだから。

なに?なに?と繰り返す大祐に、もうっ!と頬を膨らませたリカは、グイッと大祐の片耳を引っ張った。

―― 大祐さんが傍にいてくれるから嬉しいっていったの!

「リカ!リカさん!ねぇねぇ、それホント?ねぇねぇ」
「もう、うるさい!知らない!ほら!明日も早いんだからもう私、寝ます!」

満面の笑みを浮かべた大祐がわざと顔を覗き込もうとするからますます顔を逸らして、逃げ出したリカを、全力で尻尾を振ったワンコのような姿で追いかけてくる。

「リーカーさん!もう一回言って~!」
「ばかっ!もうしらない!お休み!」

ふざけ合って、少し拗ねて、また額をくっつけ合って。
明日もまた、おはようを繰り返していく。

―― ・・・・・・end

投稿者 kogetsu

“制服シリーズ 特集『制服を脱ぐ人たち』最終回のおまけ” に1件のフィードバックがあります
  1. 大祐さんがすごい笑顔でしっぽを目一杯振りながら りかさんにじゃれている様子が 目に浮かびます٩(๑´3`๑)۶

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