3になりました。
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「え?奥様、海外ってご旅行か何か……」
一度は大祐に連れて行ってもらう形で取材に行ったことがある。とても素敵な女性だったことを思い出した。
「いや。佳代ちゃんは比嘉の家のというより、実家の造り酒屋の今は責任者なんだよ」
「あ、はい。以前、一度取材させていただいてます」
「ああ、そうだったね。佳代ちゃん、今、そっちのほうの仕事で半年くらい海外に行ってるんだよ。なんだったかな。ワインか何かのところに行って、新しいお酒を造ろうとしてるみたいでさ」
残業も多い、比嘉と、責任者であればそれなりに忙しいはずの佳代子ではあったが、だからこそ短くても毎日一緒にいられる時間を心から楽しみにしている。
そんな佳代子の海外での研修が決まった時、随分比嘉はしょぼくれていたのだ。
「佳代ちゃんがとっても頑張ってることもわかってるからねぇ。嫌だとは言えなくて、いいよって言ったのはいいけど、出発するまで、やっぱり引き留めようかとかずっと言ってたんだよ」
仕事とはいえ、半年程度という長期間はこれまで自分が転勤してきたというくせに、ひどく堪えたらしい。
毎日鷺坂のところにメールや電話が来て、どうしたら引き留められるでしょうか、いや、やっぱり応援しないと嫌われますよね、と繰り返していた。
結局のところ、何とか、笑顔で送り出しはしたものの、今は毎日寂しくて仕方がないらしい。
そこに、片山やらの話が合って、少しそれもまぎれているのかと思っていた。
「片山たちのことがあって、少しだけね。頼りにされてるって思ったんじゃないの?寂しかったから余計に張り切って、面倒見たのはいいけど、話が落ち着いちゃって、日常が戻ってくると、余計に寂しくなっちゃったんだろうねぇ」
「……そういうことなんですね。なんか、比嘉さんはいつも落ち着いているから……」
「まあ、男だしね。いい年の男が寂しいってのもなんだと思うけどねえ」
苦笑いを浮かべた鷺坂に、リカはまじめな顔で首を振った。
リカと大祐も比嘉の心遣いで助けられたことはたくさんある。それを思うと、なんだかひどく切なくなった。
「稲ぴょんさ。普通、社会人だったら昇進したりするじゃない?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた鷺坂と神妙な顔をしたリカが向き合う。こくこくと頷いたリカに、ひとつ頷いてから鷺坂が続きを話し始めた。
鷺坂の言うように、社会人であれば、大なり小なり、仕事でもプライベートでも、成長し続けることは当たり前ではある。まして、比嘉や空井たちのように、任期があって異動して、また違う仕事につく場合もある。常に変わり続けることは、当たり前のことかもしれない。
「まあ、俺たちの場合はスキルを維持するって言うこともあるんだけどね。成長し続けることが当たり前っちゃ当たり前だし?ただね。あいつの場合は……」
変わり続ける上司や、周りの環境にしなやかに柔軟に対応しながら、変わらないものを受け継ぐ立場に身をおいてきた。
その先をリカが待っていると、口の中で言葉を転がすように黙った鷺坂がふっと笑った。
「皆が熟成していく酒なら、比嘉ちゃんは
「稲ぴょん。ちょっと人肌脱ぐ気あるよね?」
「はい。それはもちろん」
「んじゃ、ちょっと悪いけど力貸してくれる?」
真顔で頷いたリカと共に食事をしながら、詐欺師鷺坂の本領発揮とばかりに策を練り始めた。
「でも、本当に、比嘉さんがそんな風に感じてるなんてちょっと意外でした」
「そう?」
ビールを傾けながら、煮物の小鉢に箸を伸ばす。食事のときのリカは、大祐の影響でほとんど飲まない。逆に鷺坂は飲みながらでも食事はぜんぜんいけるようだった。
「んー。あいつも、元はものすごく不器用なんだと思うよ。それをね。こつこつ、こつこつ、頑張ってきたわけよ」
「不器用……、ですか」
リカの知る比嘉は、よく目端がきいて、配慮が行き届いた人というイメージだ。
まだまだ、とばかりに鷺坂は首を振った。
「稲ぴょんさ、稲ぴょんも仕事でよくお願いごとってするでしょ?」
「あ、はい……」
「仕事もプライベートもあんまり変わらないと俺は思うんだけどね。んー……、たとえば今日、稲ぴょんからどこかで会ってもらえませんかって連絡をもらったでしょ。それが、比嘉だったら、うまい和食の店を見つけました!ぜひ、室長と一緒に行きたいんですが、お時間ないですかって言ってくるんだよね」
きょとん、として首をひねったリカを見て、苦笑いを浮かべた鷺坂が、仕方ないとばかりに噛み砕いて話し始めた。
「会ってもらえませんか、っていうとさ。お願いじゃない。言い方を悪くすれば要求でしょ?でも、あいつのお願いは、ちょっと違うんだよね。うまい和食の店って、いきたくなるじゃん」
「ああ……。なるほど」
「俺たちの仕事っていうのは、ただでさえ理解されにくいわけだから普通にお願いしても素直に通りにくいところを何とかするのが仕事なわけだ。そんな中であいつなりに編み出したんだろうねぇ。うまいコミュニケーションだと思うのよ。勝率がぜんぜん違うもの」
その手のコミュニケーションはリカの不得手とするところだけに、ついつい自分に置き換えて考えてしまいそうになる。
「それに、あいつは相手の立場を潰さないわけ。あー……、一番近いのはアレかな。ホテルのコンシェルジュ」
「あっ……!そういうこと……」
ようやく頭に明確にイメージができた瞬間、リカは思わず声をあげた。いわゆるホスピタリティというものに近いというのだろう。相手の願いを叶える能力でもある。
相手を否定せず、どちらもウィンウィンの関係を作るようなものだ。
「人間関係としては理想ですね」
「理想かどうかはさておき、稲ぴょん。そういうの苦手そうだもんなぁ」
はぁ、と素直に頷いたリカに鷺坂はビールを注いだ。
その不器用なまじめさもほかには変えがたいものである。本人は辛いことも多いかもしれないし、なかなか周りに認められることも大変だろうが、それはそれで鷺坂としてはなくしてほしくないところなのだ。
「お恥ずかしい限りです」
「いやいや、いいのよ。いいの。それは稲ぴょんのよさだからね。それより、空井を使っていいからみんなの連絡、とれるね?」
「はい。それはもう、もちろん」
「空井さぁ、そういうところがまだまだだから、うまくやるように言っておいて」
ようやく笑みを浮かべたリカが頷いて箸をおくと、目の前の器が下げられて水菓子が運ばれてきた。
それから、鷺坂立案による一計によって、まんまとはめられた比嘉が空井と片山、そして槙に取り囲まれて、大声で叫んだ。
「怒ってねぇよ!!」
後に帰ってきた大祐がにやにやと笑っているので、リカはその膝を押さえてにじり寄った。
「ねぇ。どうだったの?」
「ん~?なんかね。比嘉さんがなんかかわいくてよかった!」
「何それ。ねぇわかんない」
「いいんだよ。今日はとにかく男だけの飲みだったのーっ!」
散々酔っ払っているのに、大祐の機嫌はすこぶるよかった。女の子はいいんだよ、といわれてリカも典子も不参加だったが、男たちが盛り上がって、つまるところ、仲直りできたならそれでいい。
「ねー。大祐さん?」
「んー?」
眠そうにしている大祐の隣に座って、リカが小さな声で呟く。
「鷺坂さんがね。私たちは熟成していくお酒みたいなもんなんだって。それでね、少しずつ熟成される間に減っていく分を天使の分け前って言うんだって。比嘉さんはそれみたいだって言ってたの。熟成する間になくしていくものをちゃんと持っていて、さらにまろやかにしてるのが比嘉さん何だって言ってた。……大祐さん?寝ちゃった?ねぇ……」
ほんのりと顔を赤くして、酒気の強い息を吐きながら大祐は目を閉じて眠ってしまったようだ。
大祐の癖のある髪をなでてから、部屋の電気を落として大祐の隣にもぐりこむ。
―― 男の人同士ってなんだか、難しくて、ちょっとだけうらやましいかも
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なんだかもひとつなお話になっちゃいました。やっぱり、忙しくて調子悪いときは駄目ですね。
次は、ちょっと長めの書きたかったお話に行きたいなぁとおもってます。