夕焼けの朱と夕闇の藍 14

リカが片付けるよりもきれいに片づけられたキッチンから再びローテーブルを前にグラスが並ぶ。

「うわ、うまっ。比嘉さんにお礼言わなきゃ」
「ほんと、美味しい」

四合瓶など酒が飲める二人であればグラスにほんの少しというかんじで、それぞれのグラスに注ぐと、もう、残りは半分以下に見える。

「空井さんがもらったお酒なんだから、もっと飲んでくださいよ」

少し減るとすぐにグラスに注ぐ。表面張力ぎりぎりのところで酒を注ぐと、空井が口から迎えに行ってぺろっと舐めてから苦笑いを浮かべた。

「そんなに飲まそうとしないでください」
「だって、私だけ昼間はいただいてましたから」
「そんなこと気にしなくてもいいのに。稲葉さんは普段、ビールだけですか?りん串はチューハイも飲んでましたよね」

ショットグラスの日本酒が半分くらいになったのをみて、今度は空井が酒を注ぐ。

「んー、そうですね。お店にもよります。イタリアンとかいったらちゃんとワインも飲みますし、日本料理のお店だったら日本酒も飲むんですけど、一番弱いのは洋酒かな。その次が日本酒です」
「洋酒?ああ、ウィスキーとはブランデーとかですか?」
「ええ。ハイボールとかなら少しはましなんですけど、水割りとかロックは駄目ですね」

あまり酒が強くないことは知っているが、やはりという内容に可愛いなと思ってしまう。

「女性らしくて可愛らしいですね」
「そうですか?なんか、あんまりみっともないことにはなりたくないんですけど」
「そんなことは……。あの、記憶、無くしたりするんですか?」

柚木に抱きついて号泣していたことは誰も触れていないが覚えているのだろうか。
ん?と首をひねったリカがしばらく考え込んでからぺろりと唇を舐めた。

「あんまりって言いたいんですけど、結構覚えてなかったりしますね。友達と飲んだりすると。藤枝とか仕事がらみではよほどじゃないと……。あー……。もしかしてりん串で飲んだ時のこと言ってます?」
「えっ!あっ、まあ……。稲葉さん覚えてるのかなって」
「あの時、一応不安で、本当は柚木さんに電話したんです。何か失礼なこと言いませんでしたかって。でも、そしたら柚木さん、そんなことはなかったって言ってくれたし、逆に、気に入ったからまた飲みに行こうって誘ってくれたので、大丈夫かなと思ってたんですけど」

不安そうに大祐の顔をちらちらと見たリカが、ん、と気持ちを固めてから大祐の方へと膝が触れるくらい近づいた。

「あの、私何か……」
「いやいや。大丈夫ですよ。ただ、あの時は僕が送ってこれたからいいんですけど、一人の時や、ほかの時は気を付けた方がいいかなって」
「えぇっ!!私、空井さんに送ってもらったんですか?!」
「あ、はい……。部屋の前まで、ですけど……」

ごん、と派手な音をさせたリカが、テーブルに頭をぶつけて突っ伏した。その顔は髪に隠れて見えないが、ダメージを受けたらしくて、慌てて大祐がフォローに回る。

「あ、あの!でも、僕が勝手に心配してついてきただけで、稲葉さん、結構、その、しっかり……してる時もありましたよ!」
「……すみません。私、そんなご迷惑かけてたんですね」
「迷惑じゃないです!全然、稲葉さん、素直で可愛かったんで!」

はーっと深いため息をついたリカが、もう一度、ごん、と頭をテーブルにぶつけた。

「本当にごめんなさい」
「稲葉さーん。顔あげてください。全然、僕、気にしてませんしむしろ頼ってもらって嬉しかったんですから」

落ち込んでる姿が何だかいつも気を張ってるリカとは違っていて、空井はふと手を伸ばした。
顔にかかる髪をさらりとかきあげて、リカの顔を覗き込む。

「空井さん、優しい……」

―― そんなに優しいと期待しちゃうからやめてほしいのに、こうして一緒にいて、お酒飲んで……

ぱっと顔を上げたリカがテーブルに手を突いて立ち上がった。

「お酒、もうないですよね。まだ凍るまでは時間がかかるはずだから、ビール持ってきますね!」
「あ、僕、別にそんなに飲むつもりは……」
「空井さん!今日はお酒を飲むためにうちに来たのに、何をいってるんですか」

すたすたとキッチンに向かったリカが冷蔵庫を開けてグラスと一緒にビールの缶を持ってくる。それも先ほどついでにと買ったもので、350の缶ではなく、500のロング缶だった。

「あと1時間くらいしたらきっとちょうどいいと思うんですけど」

そう言いながらグラスと缶を持ってきたリカが、空井にビールを勧める。ビールを冷蔵庫に入れた時に、ついでにグラスも入れておいたらしく、冷えたグラスにビールを注いだ。

「稲葉さんも」
「ありがとうございます。こんな早い時間から飲んじゃったら眠くなっちゃうかなぁ」
「今日はお疲れでしたからね。僕も早めに……」
「空井さん!」

かちん。

グラスのふち同士が軽く触れて、すぐに離れる。

「乾杯」
「あ、乾杯……」
「冷たいうちに飲んでください。泡、作るの下手なんですけど」

下手だと言いながらもグラスの上に2センチ近いきれいな泡の層ができている。頷いてぐーっと飲み干すと、先に入っていた日本酒が一気に回ってくる気がした。
こふっと上がってきた炭酸にむせながらリカを見ると、一口、満足そうに飲んだ後、空井が口を付けたのをみて、ビールをグイッと煽る。

「あっ!稲葉さん、そんなに一気に飲むと、さっきの日本酒が」
「大丈夫!大丈夫ですよー。昼間少し飲んでますし、ご飯も食べたので、このくらい、平気です」

そう言いながら、手酌でビールを注いだリカは、少しハイペース気味でビールを煽った。

「空井さん、酔っぱらったらどうなるんですか?」
「僕ですか?そうだな、あんまり変わらないかなぁ。眠くはなりますけど。あとちょっとハイになるとか」
「えー、そうなんですか?ハイになった空井さん見て見たいかも」
「いや、たんにたちが悪い男になるだけだったらどうするんですか」

ひらひらと手を振った空井の長い指を見ながら、リカはふと思う。

―― 悪い男でも、本当の空井さんだったら

見て見たい。
こんな時、どうしたらいいのだろう。

可愛らしいという言葉とは無縁に過ごしてきたことが今のリカにはネックになっていた。

「じゃあ、酔っぱらった空井さんのためにも、もっと飲んでくださいね」
「えぇ?!ちょ、稲葉さん!」

昼間の間にも少し飲んでいるし、最初に日本酒を二人で開けてしまっているから、余計に酒のまわりが早いのかもしれない。二人で飲んだ時よりももっと、くだけた感じのリカに、苦笑いを浮かべながら、注がれたビールを飲み干した。

投稿者 kogetsu

「夕焼けの朱と夕闇の藍 14」に2件のコメントがあります
  1. こんにちは。

    空井さんの酔った所を見てみたいとグイグイお酒を勧めるリカだけど、やっぱりリカの方が先に潰れるんだろうなぁ~

    その時の空井さんの心の中を思ったら
    あ〜っ
    早く次が読みたいが止まらない!!

    狐様 嬉しいです

    1. マコ様
      こんにちは。すごい一気読みされてますね(笑)
      そんなに一気に読んだらすぐに底をついちゃいますよ。と言っても楽しんでいただける内が花なので、何度でも読んでいただければ嬉しいです。

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