夕焼けの朱と夕闇の藍 4

比嘉から聞いたよりは順調に流れていた車は、高速に乗った後すぐに渋滞につかまった。

「ああ……、ここから渋滞みたいですね」
「そうですね。ずっと向こうまで繋がってるみたい」
「あまりひどいようなら途中で下道に降りていきましょう。大丈夫ですからね」

リカが取材に対して少しも不安を覚えることがないように、予測がつかない渋滞をどうするか告げるとリカが隣から空井を見つめる。

「あ、どうかしましたか?」
「空井さん、今日はプライベートなんですよね?」
「ええ。それが?」

頷いた空井は前を向いていたから、一瞬のリカの表情を見逃していたが楽しそうな笑みを浮かべている。
リカとは違って、仕事ではないのだから気にする必要は少しもないのに、今日もアテンドしている気分になっている空井がおかしかった。

「私も、取材は現地についてからなので、それまではプライベートです」
「?ええ」
「ですから、そんなに気を使わなくて大丈夫ですよ。それより、空井さん、喉乾いたら言ってくださいね。私、ポットにコーヒー入れてきたので」

バックから保温ポットを取り出したリカに、ちらっと空井が視線を向けた。
仕事用のバックに仕事道具の機材を濡らしそうなものは極力避けるのだが、今日は特別だ。ビデオカメラは防水を兼ねたポーチに入れてあるし、ポットはきつめにしめてあるからもし、万一、零れることがあっても一応、最低限の保険にはなる。

蓋がコップ代わりになるポットの蓋だけを取って見せた。

「……えっ」
「コーヒー、駄目でした?」
「いやっ!そうじゃなくて、えっと、わざわざコーヒーを持ってきてくれたんですか?」

目を丸くした空井は、渋滞で止まっているのをいいことにリカの方へ顔を向ける。

「ええ。飲みます?渋滞するかもって聞いていたので、朝入れてきたのでまだ冷めてないと思いますよ」

にこっと笑う姿と運転している自分。
まるでカップルのデートのようで、どぎまぎしてしまう。
怪訝そうな顔をしたリカにこの動揺を悟られたくなくて、お願いします、と小さく呟く。満面の笑みを浮かべたリカがポットの真ん中を押すと、温かいものを入れていたからぽん、と音がする。手にしていた蓋の部分にこぽこぽとコーヒーを注ぐと、空井が受け取りやすいように差し出した。

「熱いかもしれないから気を付けて」
「……ありがとう、ございます」
「いいえ」

コーヒーを受け取るときに空井の大きな手がリカの手に触れる。
どちらもどきっとしつつ、それを相手に悟られないように笑みを浮かべた。

こく、と喉を流れていくコーヒーも、初めは味が全く分からない気がしたが、喉の奥からふわあっと漂ってきたコーヒーの香りにあれっと呟く。

「これ、美味しいですね」
「ほんとですか?よかった。職場で飲むときはあんまり私も気にしないんですけど、たまにはと思っていつもと違う豆で入れてみたんです」

嬉しそうに笑うリカにカップを返すと、パチン、とポットをロックして蓋を戻す。ふと、それが一つだけと言うことに気づくと空井はハンドルと握っていた手が急に汗ばんできて何度も握りなおす。

―― ポットが一つってことは普通、俺のためで、それから、一緒に飲むってこともあり得るわけで、そういうことだともしかして……

間接キスになるんじゃと思うと、緊張が増してくる。

「でも、本当にここ、ずっと動きませんね」
「えっ?ええ、そうですね。あまりひどかったらどこかで下道に……」

空井がカーナビに手を伸ばしたのとほぼ同時に、ゆるっと流れが動き出す。苦笑いを浮かべて、車を動かすと、この先にある合流のせいで少し進んでまた止まってしまう。

「大丈夫です。このままゆるゆると進むようだったら」
「そう……ですね。あ、じゃあ、稲葉さん、今日何食べたいですか?いつもおいしいもの食べてるだろうから、僕なんかより稲葉さんに決めてもらった方が確実だと思うんですよね」
「そんなことないですよ。私なんて普段は局の食堂でカレーばっかりですよ」

ふっと以前、帝都に行った時に、藤枝と一緒に食べていた姿が頭を横切る。空井の視線の先に中のよさそうだった二人の姿が思い浮かんで、ほろ苦い笑みを浮かべる。

「……そうでしたね」
「え?」
「僕、前にほかの案件で帝都テレビにお邪魔した時に、稲葉さんにご挨拶して帰ろうと思って情報フロアにお邪魔したことがあるんです」

そう言われても、リカはそんな覚えなどなくて、眉を顰める。一体いつの話だろうと思っていると、空井がふっと笑った。

「結局、稲葉さんには会ってないんで、稲葉さんはわからないと思います。ちょうど、稲葉さんが報道のヘルプに行くって言ってしばらく来られないっていう時で、余計にだったら顔だけでも見て帰ろうかなって思ったんですけど……。佐藤さんが食堂にいるって教えてくれて、行ったら藤枝さんとカレー食べてましたよね」
「ああ。あいつとはよく一緒になるんです。情報局担当っていうのもあって、時間帯も一緒だし」
「なんか、すっごい、美男美女って感じで。僕、話しかけずに帰っちゃったんです。特に用事もなかったし」

はっと膝の上に鞄を抱えたリカは空井の方へと顔を向けた。
まさかとおもうが、リカにとっては予想外どころかありえない誤解をされているのではと言う気になったからだ。

「まさかと思いますけど、妙な誤解とか……してませんよね?」
「誤解?」

リカとは反対に眉を上げた空井がははっと笑った。
リカにとって、絶対に想われたくない相手からの大きな誤解の一言を。

「稲葉さんが藤枝さんとお付き合いされてることですか?」
「!!それ!、絶対に」
「わかってます」
「へ……」

車が動かないことをいいことに、少しだけ悪戯心を出して、リカの顔の前に人差し指を立ててみせる。リカが苦い顔をして誤解を解こうと声を大きくしたのを空井は止めた。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です