「さて、どこに行きたいですか?」
一悶着はしたものの、何とか互いにシャワーを使って、リカは仕事帰りのパンツスタイルに空井のシャツを借りていた。
確かに女性が着ても、あまり違和感のなさそうなものを選んできたつもりだが、自分のシャツを着て、少し長いかな、と言って袖をまくっている姿をまじまじと眺めてしまう。
「変、かな?」
あまりにまじまじと眺めているので、さすがに不安になったらしい。リカが自分の姿を見ながら不安そうに問いかけると、口元に手を当てて視線を外した空井が、薄らと赤くなっていた。
「いや、その……。大丈夫」
「そう?やっぱり、もう少し車、おいておけるならちょっと洋服買っておこうかな」
今夜、空井の家に行ったときに、洗えるものは洗って、置いていけそうなら次に来た時の予備に置かせてもらってもいい。どうしよう?と視線を向けると、はぁ、と小さくため息をついた空井が一瞬だけ、リカをぎゅっと抱きしめた。
「いいよ。リカがしたいようにして」
―― ただ、俺の服着てるとか思ったらすごい、照れくさくなっただけ
自分からそうしたくせに照れるなんてずるいと思う。少しだけ意地悪の仕返しをしたい気になって、リカはわざと空井の腕にするっと腕を絡める。
「じゃあ、似合う服、選んでください」
「えっ?!無理っ、絶対無理」
「えー……。ま、でもどっちがいいってきっと聞くと思う」
ふふっと笑ったリカと共に、二人で部屋を出た。
チェックアウトの際、自分も半分出すといったのに、きっぱりと空井に断られたリカは、待っている間に周りをきょろきょろと見回していた。
「お待たせしました。どしたの?」
「ん。よく考えたらこのホテル、前に札幌に取材に行ったときに泊まったホテルと同じだと思って」
「そうなの?」
「うん。このヨーロッパスタイルというか……」
そういわれれば確かに、どこのホテルもどちらかといえば西洋風ではあるがここは特にそのカラーが強いようだった。
「札幌も素敵でしたよ」
「ふうん」
「いつか一緒に」
「行きたいね」
少しだけ出張だった、といったのに気にしたのだろう。
そんな空井を見透かすように誘いを口に乗せると、揃って昨夜来た時と同じように、駅から繋がる通路に出た。
「えと、僕もあまり詳しくないんですけど、一応駅の両隣にそういうお店が……あ、向こう側のあっち行きましょう」
何かを思い出したのか、そういってリカの手を取ると駅の逆側へと歩き出した。
ところどころ、修復の後や、ひび割れがやはりあって、きっとここも揺れたのだろうなと思う。
駅に向かって左側に立っているファッションビルに入ると、どうぞ、と言わんばかりにリカの好きなように歩かせてくれた。
可愛らしい服や、女性らしい服も気になるようで手で触れはするのに、どこか残念そうな顔でするっとまた違う場所に向かう。女心の揺れる姿を垣間見てしまった気がして、何とも言えず、苦笑いが浮かぶ。
「可愛いの、着ればいいのに」
「無理。私、似合わないんで」
「似合うよ」
「絶対、嫌」
そういって、店の中を歩き回って、見慣れたリカらしいシャツやジャケットを物色している。
それもリカらしい気がしたが、ふと手を止めて、シンプルなカットソーとスカートを一気に手にすると、店員にこれください!と言っている。
店員からご試着はよろしいですか?と聞き返されて、あ、と一瞬空井を振り返ったものの、大丈夫です、と言って会計に並んだ。
「着てみればいいのに」
「冗談」
レジの前に立つリカの背後に立った空井が、畳まれていく服を覗き込む。
ショルダー掛けできる長さの紙袋に納められたそれを、店員も気を利かせて空井に向かって差し出した。
ごく自然にそれを受け取る空井から慌てて、ひったくる様に紙バックを奪い取る。
「……慣れてないんで」
「なんで?持つよ?」
「私、男の人に、鞄とか、荷物とか、あんまり持ってもらうの苦手……」
よほど重いものなら話は別だが、こうして買ったものなどを持ってもらうことには抵抗がある。
店員に見送られたリカがそそくさと店から出るのを追いかけた空井は、リカが肩にかけたバックの側の手を握った。
「じゃあ、一休みしません?お茶でも」
「?……はい」
そういって、空井が連れて行ってくれたお店はさすがのリカも一瞬、目を大きく見開いてしまった。
「す……ごい」
まるでホテルのロビーばりの空間のど真ん中を客席にすることなく、大振りな鉢に花が飾られている。大振りと言っても、普通に二人掛けのテーブルくらいは占拠してしまうくらいのサイズに、呆気にとられてしまう。
そして壁一面にティーカップが並んでいた。
席に案内される際にソファ席よりも迷わずカウンターへ頼んでしまった。それをこちらも一流ホテルのコンシェルジュばりの店員に案内されて一番奥のカウンターに並んで座る。
「すごいですね。ここ」
「でしょ。リカをどこに連れて行こうか、あちこち調べてたら偶然、基地の女の子に教えてもらって。ホシヤマ珈琲っていうんです」
「おんな、のこ」
わざと区切って発音したリカに、はっとなった空井が慌てて、手をぱたぱたと振った。
「いやだって、あの、僕もほかの隊員たちも男ばっかりじゃこういうところあんまり知らないし!」
「……ですよね」
そういいながらメニューをちらりと見た空井がいわゆるアフタヌーンティー的なセットを二つ頼んだ。
朝らしい、朝は食べてなくて、互いに部屋にあったインスタントのコーヒーを飲んだくらいだったからちょうどいい。
値段もホテルの高級ラウンジ並みだったが、たまのひと時くらいはそんな些末なことはどうでもよかった。
ゆっくりとした場所で、壁に置いてあるたくさんのカップをあれこれ言いながらひと時を楽しんだ。
名残惜しい気もしたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
「そろそろ行きましょう。このままじゃリカをどこにも連れて行ってあげられない」
そういって立ち上がった空井と共に、ホテルに止めておいた車に向かった。