Honey Trap 11

「まずは、阿久津さんに報告しとけ。あと、今やってるのは、秋からの【大人の社会見学】だろ?もう、ストック分は進んだのか?」
「ん。一応、最低でも1クールでしょ。11回のうち、4回分まで取材が終わったところなの」

ここからの取材先は、候補として予定している取材先の中から選ぶことになる。その際、藤枝が忙しければ高柳に仕事が回る。放送回はその時の状況に応じてそれぞれ本編と予告を分けて作られているから実は初回に放送するものがどれかまでは決まっていないのだ。

「次の取材先は?いつ決まる?」
「んー……。来週かなぁ。それからアポとって……」
「そうか。次、俺、必ず調整するからお前は俺に回せよ」
「いいの?」

助かる、とリカが大きく息を吐くと、くるっとカウンターの丸椅子を回した藤枝は、まじめな顔でリカに向き合った。

「どこにでもあり得る話ではあるだろ。お前はガツガツだけど美人だから今までこういう目に合わなかったのが不思議なくらい」
「なんであんたがそんな話詳しいのよ」
「馬鹿。俺の付き合いの広さを知ってるだろ。女の子たちは大抵そういうことでは苦労してんだよ。アシスタントとして少しでもテレビに映る様にとかさ。ざらにあるんだよ。そして高柳もそっちの人間」

無造作に藤枝が吐き出した言葉が妙に生々しい現実感を持たせた。マスコミという言葉ではなく、わかりやすく言えばテレビ局の人間という存在は、華やかな世界に近くて、そして、世の中を映しているにもかかわらず、世の中からものすごく離れている存在でもあるに違いない。

つまりは、未知の世界の住人であるらしい。
そこに少しでも姿を映したいものからすればどんなことをしてでも、という意識につながっていく。

「……そっちのって、でも、彼は関連会社から来てて」
「関係ないだろ。いや、関係あるかな。関連会社だろ?俺は局の人間だけど、あいつは関連会社、あくまで派遣されてきているだけのアナウンサーだから。言っちゃ悪いけど、だから俺もそんなに詳しくは知らないし、関わらない。よほどのことがない限り、あいつがこっちの局に転属なんかないだろ?」

藤枝の言い方は正直なところ、リカは好きではなかった。その立場をどういうかはさておき、それでも藤枝が言うことは間違ってない。関連会社に戻されれば、高柳はまた関東でも地方ローカルの番組や、レポーターや、そんな立ち位置に戻るだけのことだ。

だからこそ、認められるために何かがほしいと思う。
ルックスも声も悪くない。だからこそ、自分自身に自信があるのに、それが生かされていないという焦りとジレンマに常に捕らわれているように見える。

「お前は、報道から移動になったこと、少し調べりゃすぐわかるし、空井君とのことだって、まだ噂好きな連中は覚えてる。つけいりやすいんだよ」
「そんなっ!」
「お前がどう思っていようと、事実は事実。俺は客観的意見を述べているだけ」

真面目だからな、ということはあえて言わなかった。今はそれがいい方に転ぶわけではないことを藤枝はよくわかっている。
付き合いのある女の子たちがどういう風になるのか、どうなったのか、いい時があれば悪い時もあることをよく見てきていた。
だてに、付き合いが広いわけではない。

「空井君にはどうすんの」
「え?」
「いうの?」

どうしよう。

―― なんてわかりやすい

呆れるほどに素直に顔に出したリカに、はぁ、と藤枝はため息をついた。昔からわかりやすい奴ではあったが、ここまで来ると笑いたくなるほど、リカの鎧は空井に関してだけは一瞬で消え失せる。
途方に暮れたその顔をみて、助け船を出した。

「まだ黙っててもいんじゃね?今この話しても、ただ心配させるだけだろうしな」
「ほんとに、黙ってていいかな?」

縋るような目は、本当に困惑しきっていて、きっとありもしない想像まで頭の中で膨らませてテンパっているのだろう。そういうこともわかる様になっているのに目の前にいるリカという女は無防備な顔をさらす。

―― 相変わらず、空井君も心配の種が尽きないんだろうな

胸の内の考えは見事に隠しきって、藤枝は頷いた。

「いい。俺が許す」
「なんであんたに許されなきゃいけないのよ」
「当たり前だろ?お前誰にむかっていってんの。俺と空井君の仲を舐めんなよ」
「いつからそんな仲になったのよ!」

うっかりと余計なひと言まで差し挟んでしまった藤枝は、首をすくめて代わりの話を何かないかと思う。

「そうだ。ほら、お前この前変なこと聞いてきたじゃん。風俗がどうのって。あれ、俺も空井君もそういう店に行っても何もしないで話だけして帰ってこれる人種だから」
「何よ、それ?!」

言葉通りの意味だという藤枝に、この前どっぷりと落ち込んだことを思いだす。

「お前のことだから、どうせさ、空井君にも聞いちゃって、落ち込んでたりしてんじゃねぇの?」

急にあたふたと目の前の小皿に乗せられたナッツに手を伸ばす。
見透かされたことが悔しくて、拗ねたリカが悪い?と顔を逸らした。

「馬鹿。ほんとに本当に、馬鹿」
「うるさい!」
「ばーか。お前、それ、もう一度、空井君に聞いてみ?ちゃんと二人で会ってるときな」
「なんでよ!もう聞くなって言われたもの」

そこで素直に聞くんだったら、どうせならちゃんと真実を聞いた方がいい。
あの不器用な男も、妙な言い訳などせずに事柄だけを言ったに違いない。

「俺と飲んでてその話になったって言っていい。いいから聞いて来い。な?それ、宿題」

何なのよ、というリカをからかうだけからかって、あまり遅くならないうちに店を出た。初め、店に来た時とは格段にその顔が違う。
少しでも発散させてやれたならよかったと思う。それが大祐と約束した藤枝の立ち位置なのだ。

「心配だから近くの駅までは一緒にいってやるよ」
「いいわよ。すぐだもん」
「ま、そうだな。まだ時間も早いしな」

リカが駅に入っていくところまで見送ってから、藤枝は携帯を手にした。
昔は、自分の連絡先に、しかもプライベートの飲み仲間として登録することになるとは思いもしなかった中から、一つをタップする。コール音の後でどうしました?と開口一番に聞いてきた相手に軽い挨拶を口にした。

「もしもーし。藤枝です。ちょーっと込み入った話なんですがいいですかね?」

電話の向こうで快諾する声を聞きながら、藤枝は、肩にかけた鞄を引き上げる。

藤枝は空井に約束した。それはまだ続いている。
生温い夜風にさらされながら、藤枝は電話口に向かって話し続けた。

投稿者 kogetsu

「Honey Trap 11」に2件のコメントがあります
  1. また Honey Trap  を読めるとは、うれしい限りです。 
    狐さんのお話の世界に引きつけられています。
    続きも もちろん楽しみにしています。 
    いつもありがとうございます。

    1. dora様
      こんばんは。ようやくひっぱり出してきました。後半は特にだいぶ加筆修正書けますが、まだ前半なのでほぼほぼ、まんまで掲載中です。

      ああ、ひきつけられてくださいましたか。ありがとうございます。割と沼深くできてますんで、なかなか足抜けできませんからね。
      覚悟はよろしいですか~(笑)

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