藤枝が比嘉にコンタクトをとったこと、そして比嘉が快諾したには当然、きちんとした背景があった。
そもそも、リカが高柳を空幕に連れて行ったのは、『大人の社会見学』に自衛隊の取材も候補に入っていたからだ。
藤枝も番組のスタッフの一人として、会議からでていたので、候補に挙がっていたリストも確認している。だからこそ、比嘉へ連絡したのだ。
ほかの取材先ではどうにもできないかもしれないが、彼らが関わってくれていれば、取材の場で何とか高柳を面目を潰さない程度にやり込めて、抑え込めるかもしれない。
申請に時間がかかる分、自衛隊への取材内容についても打ち合わせにはすでに始まっていた。
「ふうん。やっぱりそういう事になっちゃったわけね」
朝からOBが広報室に顔を出すのは流石にどうかという事で、応接に通された鷺坂が、なぜかさすが比嘉ちゃん、と笑った。
「どうでしょう」
「またまた。そういう匂いを感じたから心配してたんでしょ?空井の事」
少し前の飲み会を指してそう言った鷺坂は頭の後ろで手を組んだ。
さてどうするか。
企画の打ち合わせはまだ初回のみで、ざっくりした大枠だけである。その中で自分たちが番組に協力する形で中身はこれからということになっていた。
「僕としては、稲葉さんの仕事ですから、極力ストレートに、いい仕事のなる様にしたいんですが」
「そうだなぁ」
「僕らとしてもここはきっちりいい仕事させていただく機会なのかなと、思うところですね」
ふむ、と話を聞いていた鷺坂は、比嘉が何を言わんとしているのかを汲み取った。
仕事は仕事である。それを失敗させることで高柳に一泡吹かせようというのはリカも本意でないだろうし、比嘉たちも本意ではない。
なら、どうすればいいか。
「その大人の社会見学?って、放送日とか決まってんの?」
「いえ、それはまだ。10月からの1クールでと稲葉さんはおっしゃってました」
「ふうん。なるほどね。でさ。俺達だけで済む話なの?」
「というと?」
大人の社会見学、と題しているからには、自衛隊を取材したいと言っているわけだ。それが空自だけを指しているわけではない。
「藤枝さんは時間、あくの?」
「稲葉さんの番組は、もともと藤枝さんと高柳さんでインタビューやナレーションをすることになっていたはずです。藤枝さんがメインで、調整がつかない時に高柳さんということに」
「よし。んじゃ、比嘉。お前、ちょっと調整頑張って頂戴。俺はあっちに調整するから」
鷺坂はさらさらと現広報室長へのメモを残した。比嘉だけではなく、現在の広報室長も、鷺坂が後を託した相手である。
「んじゃ、よろしくね」
「はい」
予想以上に濃い打ち合わせになったが、時間は思ったよりもたっていない。
だが、すぐに彼らは動き出した。
「稲葉。ちょっといいか」
「はい」
打ち合わせで席を外していた阿久津が手帳を手に戻ってきた通りすがりにリカに声をかけた。
例の話はまだ時間がないことと、どうやって切り出せばいいのか迷っていたのでまだ話していない。
「なんでしょう」
「お前、ちょっと例の企画の件で打ち合わせの時間作れるか」
はて、と怪訝な顔になったリカは、くるっと振り返るとすぐそばの自分のデスクから手帳を掴んだ。
「今日だったら、午後なら……。って、『例の』は大人の社会見学のことですよね?」
「そうだ。放送日の調整に入ったんだがな」
自分の手帳を開いて午後の予定を確認すると、午後の予定は特に入っていなかった。
「よし、じゃあ、午後一で打ち合わせだ。ひとまずお前だけでいいが、会議室を予約しておけ」
「……、わかりました」
普段の打ち合わせはよほどでなければその場で会話して終わったり、せいぜい、フロアの打ち合わせデスクで膝を突き合わせるくらいだ。それなのに、わざわざ会議室を予約して、なのにリカだけでいいと言われるとますます、話の中身がよくわからなくて怪訝な顔になる。
だが、話は終わったとばかりに阿久津が電話を手にしたのをみて、リカはすぐに自席に戻った。ノートPCを叩いて社内情報に入ると、会議室予約を開く。
会議室はいつも予約で埋まっているものだが、意外と今すぐの場合は、とれることが多い。総務が定期的に回っている会議室チェックのために、予約していても、忘れられたりしてそのまま使われていない会議室のキャンセルが入るのだ。
日時と時間を入れるとすぐにいくつかでてきて、大きめの会議室以外だと、フロアが違うが小さい会議室が見つかった。
2時間で予約を済ませると、メールで会議室の予約を阿久津にも流す。
電話をしながらもメールを開いたらしい阿久津が顔を上げて頷いたのをみて、リカも小さく頭を下げた。
取引先なのか、声を潜めた阿久津の電話の相手はわからないが、それからずいぶん慌ただしく電話をかけて、終いにはいつの間にかまた姿を消してしまった。
会議の前にでも時間があればと思っていたリカは、仕方がないと、少し早目の昼を取りに社食に向かった。
木曜日の昼は、午後の情報番組の間でニュースを読むことになっている藤枝が、早めに食事に入っている。すかさずその姿を見つけると、目の前にトレーを置いた。
「何、難しい顔してんのよ」
「お。今日は早いじゃん?」
「ん、阿久津さんが午後一で打ち合わせっていうから少し早目に。なんか大人の社会見学の件でって言われたんだけど、まさか企画が没になったとかじゃないよねぇ?」
密かにあり得るとしたらそれかなと思っていた不安を口にする。取材したり撮影が終わっているのにお蔵入りになることもあり得なくはない。そうなったら、せっかく取材して完成間近の取材分がもったいなさすぎた。
リカのトレーに乗せられたメニューを見ながら藤枝が、それはないでしょ、と返す。
「それより、何、そのメニュー」
「え?」
「カレー専門の稲葉らしくないじゃん」
藤枝のもとにはまだ何の連絡も入っていないが比嘉の応じ方を思い出せばなにかしらの動きがあるはずだ。まさかそこに阿久津も紐づいているとは考えにくかったがそこは、詐欺師鷺坂である。
「……だって、カレーばっかりだってうっかり口を滑らせたらちょっと……」
「ははーん。空井君?」
箸を持っていた藤枝が、小指だけ立ててにやり、と笑うと困り顔のリカはそれでも少しばかりはにかんでいる。
「普段から食べたり食べなかったりすることもあるなら和定食みたいなのにした方がいいっていうんだもん」
「なんと。稲葉もついに普通の女になったんだなぁ」
「なによ、それ」
「あ?だってさ、今までのお前だったら、こうだろ?『あたしの食べるものに口出ししないで!』って」
口真似付きであってるだろ?と言われると、ぐうの音も出ない。確かに、今までのリカなら自分の生活や行動にまで口を出されることを嫌ったはずだった。
狐様…合言葉、ありがとうございました(^-^)♪
無事に読ませていただきました~☆
終盤にかかって、このあとちーむ鷺坂の作戦と展開が気になりますぅ!
カモミール様
よかったです。しばらく、沈没しそうなので、更新、先になるかもしれません。
続きに取り掛かれたらぜひまた読んでいただければ何よりです。
はじめまして。
狐さんのお話が大好きです。
いつも素敵な空リカをありがとうございます。
kota様
ありがとうございます。わざわざこちらまで来てくださってありがとうございます。
お話は続きます。続けます。
狐さん、一気に1話から読ませていただきました(≧∇≦)
狐さんの空リカのお話大好きです♫
楽しみにしてます(*^◯^*)
AZ様
ありがとうございます。まだ続き、書きます。
ハニーも続きアップします。
待っていてください。