しばらくして、広報室に戻ってきた大祐は、比嘉と打ち合わせをしているリカを見て、違和感を覚えた。
どこかが痛むような、そんな気がして比嘉の隣に向かった大祐は、比嘉が動いたことでリカの正面に座る。
「なんだか、久しぶりですね。この……、リ、稲葉さん?」
「あ、なんでもないです!ちょっと、お手洗いに」
久しぶりだと言われて、動揺したリカは、慌てて顔を押さえると鞄を持って立ち上がった。ばたばたと走り去ったリカに腰を上げかけた大祐を比嘉がやんわりとだが、きつく腕を掴んで引き留める。
「空井一尉。久しぶりだとつい先ほど、話していたところだったので、つい、色々思い出しちゃったんでしょうね」
「え?」
「僕も時々、二尉と呼びそうになります。稲葉さんにとっては空井一尉がその制服で、ここに座っているのはやっぱり胸が痛むんだと思いますよ」
今は一緒にいるのに、それでも痛む瞬間はある。
口元を引き結んだ大祐が、黙って頷いた。
しばらくして戻ってきたリカが、精一杯の笑顔で二人の前に座った。
「ごめんなさい。なんか感動しちゃいました。何年振りなんでしょうね。あ、お二人はお時間大丈夫なんですか?私、時間までどこかで時間潰してきてもいいですよ」
「いえいえ。稲葉さんは今日はうちのお客様ですよ。それに、まだうちの取材が残ってますからね」
「はい。比嘉さんにも空井さんにもお世話になります」
背筋を伸ばして頭を下げたリカは、奥歯を噛みしめた。
高柳のことは、許しがたいものがあったが、こうして仕事の先には関わる多くの人々がいる。その人たちに迷惑をかけないためにも、きちんとしなければならない。
「当日は、ドラマの方のスタッフもお邪魔しますが、書類の方を……。間違いなく揃っているかと思いますが、ご確認ください」
「はい。確かに。ドラマの方というと、いつかの撮影、懐かしいですね。稲葉さんの一喝、まだ覚えてますよ」
「勘弁してください。今はもう少し、やんわり大人な対応できるようになりましたから」
りん串へ行くには行ったが平日と言うこともあって、軽く食べて飲んでから早々に解散になる。鷺坂の後の室長も同席していたが、久しぶり、と言って穏やかな時間を過ごした後、今度の企画も楽しみにしているよ、と声をかけてくれた。
「稲葉さんの仕事は誰より信頼できると皆の太鼓判ですから」
「ありがとうございます」
肝に銘じます、と口には出さなくてもリカの思いは伝わったようで、人懐こい笑みを浮かべた室長は楽しい時間を過ごして帰っていった。
駅に向かう道をゆっくりと歩く。
「ああ。稲葉さん。柚木さんが次は必ず自分も呼ぶようにと言ってますよ」
携帯を手にした比嘉にそう言われると、リカもポケットから携帯を取り出した。
「もー、柚木さん。槇さんに止められたから余計に怒ってるんですよね。一人で行くのは駄目だって」
「槇三佐、今忙しいみたいですからね」
今日は槇の予定が合わず、一人でも参加しようとした柚木を心配した槇にねちねちと止められて柚木も渋々不参加になったのだった。
寄り添って歩く大祐がくすくすと笑う。
「俺も稲葉さん一人がりん串に飲みに行くっていったら絶対止めるか、自分も行くかどっちかかなぁ」
「おや。空井一尉。僕はそんなに信用がおけませんか?」
「違います。二代目詐欺師がいるから、不安なんです」
二人の間でリカがぷっと吹き出す。
途中で立ち止った比嘉がじゃ、僕はこっちなので、と片手を上げた。
「じゃあ、稲葉さん。また、ぜひ」
「はい。是非」
大祐にもじゃあ、と言って、比嘉が離れて行った。二人きりになって、ゆっくりと駅まで歩く。
「今日は、あんまり飲みませんでしたね」
「ん?ん……。なんとなく、ね」
自然に差し出された手に手を重ねる。
「……なんか、ほんと、今日は久し振りでやばかった」
苦笑いを浮かべて隣から覗き込んでくる大祐に、首を傾げる。
「“稲葉さん”があそこにいて、僕もいて……泣きそうだった?」
「私も、“空井さん”って言いながら、つい。もう、恥かしいですね」
苦笑いしたリカの手を軽く引いて同じように頷く。まるであそこだけ時間が巻き戻ったような気がした。
局にいて、高柳か、誰かが送ったひどいメールの話も聞いたのに、こんな風に感じている自分がいて。
繋いだ手の方へと寄り掛かる様に近づいて、腕に寄り添った。
「ん?どうしたの?」
「大祐さん」
「うん」
「……私が困ってたら、助けてくれる?」
僅かに目を見開いた大祐は、リカの方を見ずに歩いていく。
その反応に、ぎくっとしたリカが小さく、ごめん、と呟くと、大祐は繋いでいた手を解いて、添えられていた腕を外した。
「……それ、確認されるんだ?」
「え?」
顔を上げると、むっとした顔で大祐がふい、と前を向いてしまったが、その腕はリカの腰に腕を回して引き寄せる。
「……当たり前じゃないか。有事でもないし、俺はリカの夫だろ」
「……ごめん」
「そんなに……、信用ない?」
「違っ……、ごめん……なさい」
しまった、と俯いてしまったリカの脇腹をちょい、と腰に回していた手がつついた。
「ひゃっ!」
「おしおき」
にやっと笑った大祐に呆気にとられていると、目の前に手が差し出された。
「帰ろう。一緒に」
「……はい」
電車でたった数駅の距離が、もう少し短ければいいのにと思えた。
またまた再読しています。やはり、ハニトラいいです。
ジワジワ、、、と来て、この空幕広報室での、空井さんと稲葉さんの再会?シーンに、、、二人の長い道のりを思い返して、涙腺が決壊しそうになります。
やっぱり好きだー!狐様の空リカ界。いつもありがとうございます。
続きも楽しみに読ませて頂きます!
ありがとうございますー。
またいらしてくださいねー!