先に撮影隊の準備ができると、必要な素材撮りが始まった。その間に藤枝とキリーが二人で打ち合わせと軽い練習を兼ねたリハを始めた。
リカは少し離れたところで、それを見ながら撮影場所を確認しにいこうと大祐を振り返った。
「空井さん。少し、そのあたりを歩いて確認していいですか?」
「構いませんよ。今日はハンディカメラは持ってないんですね」
「……一応、持ってますけど」
「じゃあ、同行します」
苦笑いを浮かべて、大祐がリカの傍に立つと、申し訳なさそうになつかしきハンディを鞄から取り出した。
黙って、近くにある建物を片っ端からカメラに収めていく。撮影隊からも、取材班からも少し離れると、リカはカメラを持ったまま、くるりと振り返った。
「どうですか。久しぶりに来た百里基地は」
「……僕の密着取材じゃないでしょ?」
「いいから答えてください。百里基地には、以前いらしたときの隊員の方たちはもういらっしゃらないんですか?」
「当時の隊員のほとんどはもういませんね。教導隊に何名かいらっしゃるかと思いますが、それもやはり人数が多いので、全員まではわかりません」
カメラを構えていたリカが少しだけ顔を見せて頷く。そこに遠くの戦闘機の音が聞こえてくる。
「1時の方角から来ます」
リカの手にしているハンディでは追いかけるのに限界がある。ぱたりとウィンドウを閉じたリカが大祐が指差した方向へを目を向けた。
「見えるんですね」
「もちろん」
一瞬、リカの顔を見た大祐はふわりと笑った。
音だけが先に届いていた機影はあっという間に近づいてきて、一機ずつ着陸していく。撮影隊の方でも着陸してくる機体の撮影をしながら、スタッフたちがおおーっと上げた声が聞こえた。
「向こうへ行きましょうか」
「そうですね」
にぎやかな撮影班の方へと向かえば坂手達は慣れているだけにドヤ顔でカメラを構えていたが、撮影隊の方はその速さにまだ慣れないのか慌ただしく動いている。そちらはドラマ班のディレクターが次々と指示を出していた。
その向こう側から高柳は藤枝の背後に張り付いている。リカの姿を見つけると、朝からの不愛想な様子はどこ吹く風で近づいてきた。
「稲葉さん」
リカが振り返ると、警戒するようにその背後に一歩大祐が近づく。
「基地の入り口にヒマワリが咲いてたじゃないですか。あれ、撮りませんか。基地の中をとるなら、雑感にそんなのがあってもいいかなと」
「構いませんけど……」
「あのヒマワリ、被災地から届いた種で育てたみたいですよ」
いつの間にそんな話を聞いたのかと思ったが、拒否する理由はない。いいですね、というと大祐を振り返って目線で問いかける。
基地の入り口ならと頷いた大祐にありがとうございます、と礼を言って基地の入り口に向かった。ついて行こうとする大祐に、取材部隊の方を見ていてください、と頼んだ。
基地の入り口ならゲート前に警備の隊員もいる。
そう判断して大祐が見送ると、リカは高柳と一緒に歩き出した。青い空とうっすらと綿菓子のような雲をバックに、まっすぐ生えているヒマワリを鞄から出したハンディで納めるとカメラを閉じる。
「稲葉さんの旦那さんって、空自の広報の方なんですね。かっこいい方じゃないですか」
「そんなことは……。そういえば、高柳さんのご自宅はどのあたりなんですか?この前、うちの近くのあの店で会ったじゃないですか」
「そりゃあ……」
あれから時間が立ってはいたが、確かめたくてリカは何気なく問いかけた。
基地の中は広い。これだけの場所で多くの人が働いていても、すべてに死角がないわけではない。リカと高柳が歩いているのは、どこからも遮られることのない基地内の道で、前を向いたまま撮影場所まで戻る。
「決まってるじゃないですか。稲葉さんにもっと俺を使ってもらうためですよ。家まで知られてると思ったらそのくらいの協力、なんでもないでしょ?」
あくまで普通の声のトーンが初めはリカの聞き間違いかと思わせた。
先日、大祐と喧嘩までして、高柳の殊勝な態度に安堵を覚えたばかりなのに。やっぱりそうなのかと思ってしまう。
「残念。稲葉さんがもっと俺のことを好きになってくれると思ったのになぁ。女性って、そういうの好きでしょ?」
「……どういうことですか?」
「だからさ。なんていうかな。女性だから?たとえば仕事なのに情で動いちゃうでしょ。稲葉さんが空井さん相手の時みたいに。だから俺にもそれをお願いしたいなぁといってるわけ」
隣りを振り向くことができないまま、じわじわと表は明るいのに、リカの周りだけは真っ暗な気がする。
「情で動くって……」
「情で動いて、空井さんのいる空自をかばって仕事干されそうになったんだったら、俺一人、番組に出すくらいなんでもないでしょ?」
妙に喉が渇いた気がして汗が滲んでくる。立ち止ったらそれで終わりな気がして、足は止めずにひたすら歩き続けながら何とか掠れた声で絞り出した。
「仮に、……女が情で動くんだとして、私がどうして高柳さんのために動かなきゃいけないんですか」
「そりゃあ、もちろん、稲葉さんは甘いから。一緒に働く俺のためにやってくれるでしょ?」
まるで誰もが知っているかのように当たり前だと言い切られてしまう。
―― 悔しい
たくさんの思いが同時に沸きあがってきて、悔しくて、悔しくて仕方がなかった。
信じようと思った。
仕事に情熱をかけられる人もかけられない人がいることもわかっている。
この仕事を選ぶのに、理由は人それぞれということもわかっている。
いろんな人がいて、いろんな想いがあって。
それでも悔しい。
この悔しさが何から来ているのか考えるよりも先に、体が動き始めた。
少しも悪びれることのない高柳はどこか自信満々で、リカが拒絶することなど少しも疑っていない。
同じ歩調で歩いていた高柳の傍から一歩大きくリカは踏み出した。
かつ、かつ、とアスファルトの上を歩く音が早くなる。撮影隊の傍に戻ったリカは、プロデューサーの傍に近づく。声をかけて集団から少し外れると、ディレクターも呼んで何かを話し始めた。
ぼそぼそと話していると、リカが二人に何かを言った後、藤枝が呼ばれる。
「はぁ?!お前、マジで言ってんの?」
「真面目に言ってる。何も問題ないでしょ」
「お前、何をあいつに」
「以上です!藤枝、これからすぐ書き換え分作るから。撮影班の皆さんはその間に撮影お願いします」
たまたま比嘉と大祐は離れて取材される隊員たちと話をしていたので、リカ達が動き出したことに気づくのが遅れた。
坂手と大津が怪訝そうな顔をしている間に、リカは取材車に戻って、パソコンを掴んだ。
おかだ~!と叫びたくなりますね!一つ一つがイラッとくるよー このあとどうなるのか気になります。続き待ってますね
かずぴ様
ふふ。待っててくださいまし。
狐さん、おはようございます。わーー続きが気になります(>_<)
空飛ぶ広報室のDVD見ながら気長に待ちますね。このドラマいつ見てもいいですよね♪
シー様
こんばんは。ありがとうございます。
これ書いてた頃も色々あったなぁ。いつみても空飛ぶはいいドラマですよね