制服シリーズ 特集『制服を脱ぐ人たち』第一回

第一回 箱の中の世界からみえるもの

 

年が明けてすぐ、一人目に会うために私たちはとあるデパートにむかった。
老舗の百貨店である。

改装を繰り返して、店内は一見こぎれいになっているが、エレベーターは両開きの昔からののものである。

「お待たせいたしました。一階でございます」

涼やかな独特の言い回しの後、客たちが下りた後、彼女は一歩ドアの外に踏み出して手袋をした手を美しい仕草で上へ向けた。

「上へ参ります。上でございます」

その声に反応する客がいないのを確認してから、中へと戻った彼女は一礼してドアを閉めた。
手動で彼女が操作している操作盤は、通常のエレベータやこの百貨店でも遅い時間になれば閉じられて、自動運転になる。

各階で押されたボタンと、内側で客の声を聞いて彼女が操作した階へと止まる。

取材をする我々はエレベータの中の一番奥に張り付くようにして彼女の様子をカメラに収めた。

上がったり、降りたりを繰り返すエレベータの中で繰り返す。時間にして1時間がたったかたたないかの頃、小声で彼女が何かを囁いた気がして、カメラが彼女の手元をアップにすると、次に止まった階で開いた先に交代の者がお辞儀をして待っていた。
手動で開いたままにして、エレベータを降りた彼女と、代わりの女性が乗り込んでくると、慌てて我々スタッフもエレベータを降りた。

―― あの……

話かけようとしたスタッフを置き去りにするような勢いで、壁に沿うように進んで、バックヤードへのドアを開ける。フロアに一礼してから中に入った彼女を追いかけて、スタッフもバックヤードへと入った。

―― 話しかけてよろしいでしょうか

「もう少しお待ちください。私達専用の休憩室がありますので……」

ほんの少しだけ振り返って、そう言った彼女が案内してくれた小部屋に入って、すぐ、彼女は帽子を取った。両手で包み込むように帽子をテーブルに置くと、お腹のあたりに両手を置いて丁寧に頭を下げる。

水野順子さん(仮名)26歳

大学を出て、百貨店に就職してからずっとエレベーターガールをしている。

お坐りください、と促されてスタッフも水野さんも椅子に腰を下ろした。

―― いつもこんな感じなんですか?

「そうですね。朝、出勤して制服に着替えます。身だしなみをチェックして、今日の売り場の情報を頭に入れてから、シフトを確認します」

―― 一度、エレベータに乗ったら、何分くらい乗ってらっしゃるんですか?先ほどは30分ちょっとだと思いましたが……

「20分から30分で交代しますね」

受け答えするその姿勢もぴしりと背筋が伸びていて、膝の上に手を置いた姿勢が1ミリも崩れない。その隙のなさに私たちは疑問を抱いた。

彼女が仕事を辞めようと決めたのは昨年末だ。来年度の予算割を決める中で、エレベータガールは廃止と決まった。ビル全体の老朽化が激しくなり、1年をかけて建て替え工事を行うことになったのだ。最新の建物に変れば旧式の手動エレベータではなくてもいい。

社会人になって、エレベータガールになって2年半。まだ新人という名がとれたばかりにしては彼女はとても落ち着いて見えた。

―― ほかの皆さんも同じように?

「そうですね。休憩もここと同じような部屋があと2つあって、更衣室も兼ねてるのでそれぞれ、自分のロッカーがある部屋で」

―― でも今は他の方は見えないようですが?

「そういうシフトなんです。3チームあって、それぞれ一人が休憩するようにシフトを回すので、朝と夕方の帰る時間以外は全員がこの部屋に揃うことはありません」

―― それは……。お話できる方がいないと寂しいですね

「職場ですから……」

穏やかに受け流した彼女の『顔』を見たかった。仕事が終わった後、彼女の時間をもらうことにした。

翌日が休みだという日を選んで、私たちは水野順子さん(仮名)と仕事が終わる時間に待ち合わせをしていた。

「お待たせしました」

―― お疲れ様です。

「寒いのにすみません。お待たせして……」

―― いえいえ。じゃあ、いきましょうか

待ち合わせ場所に現れた水野さんを伴って、予約をしていた個室の居酒屋へと向かった。席について、初めの一杯を頼むと、ひとまず乾杯、とグラスを合わせた。
生ビールを頼んだ我々とはちがって、水野さんは梅酒割を頼んでいる。

「嫌いなものありますか?」

私達を気遣いながら、もずくやヘルシーなものを選んでオーダーした後、改めて私たちは彼女に聞いてみた。

―― もう次のお仕事は探されているんですか?

「はい。探してますね。いくつか、応募もさせていただいています」

そういうと、社名は出さないものの、応募した仕事がどんなものか水野さんは教えてくれた。

―― どれも接客というか、それでも販売と言うのとも少し違いますね

彼女が応募したのは、ホテルのコンシェルジュや高級マンションのコンシェルジュサービスを行っている会社などだ。
頷いた彼女が教えてくれた。

「エレベーターガールをしていると、デパート全体のことに詳しくなるんです。どんな催事をやってるか、どこにどんなサービスがあるのか、セールは何が目玉なのかとか。毎日変わりますし、毎日真剣勝負なんです」

全館に意識をむけて、アンテナを立ててどんな質問にも答えられる。
そんな仕事が大好きだったという。

「何かを一つ、やるんじゃなくて、こう……全体をみて、それをコントロールするわけでもなく俯瞰していて、お客様に提供できるような……。そういうことができる仕事を探しました」

―― なるほど。この応募されたお仕事ではそれが出来そうということでしょうか?

「今の私にはまだまだ足りないことがたくさんあると思うんですが、それでもいらしてくださったお客様のお役にたつような、そんな仕事ができればいいなと思ってます」

―― 本当は、他の部署に移動が決まっていたとか。ほかの部署に行くことは考えなかったんでしょうか?

しばらく彼女は考え込んでから、すみません、と言って足を崩した。
初めて、彼女が見せた隙だった。ぐっと梅酒割を口にした後、ふうーっと大きくため息をつく。私たちは彼女が話してくれるのをじっと待つ。

「……愛着のある仕事場で、自分が立てなくなったエレベータを見続けるより、新しい仕事の方が心機一転できていいかなと思ったんです。いつまでも未練が残るよりもいっそ、離れた方がって」

―― 未練がありますか

「……自分が、本当にできることをし尽くしたならいいんですけど。私はまだまだだなって自分では思っていたので、もっと」

もっと何かができたんじゃないか。

彼女がそう言おうとしたのは私達にもわからなくもなかったが、困ったように笑った水野さんは、それ以上今の職場のことを話そうとはしなかった。それだけ、今の職場を水野さんが愛していた裏返しな気がした。

「ホテルの仕事も、今勉強してるんです。専門学校もあるんですよね。一度学校に行くのもいいかなと思ったりしていて、退職までに応募しても仕事が決まらなかったら、一から勉強しようと思っています」

明るく話している彼女の笑顔が、今はまだ少しだけ無理をしているように見える。この笑顔が、一日も早く、本物の笑顔になればいいと私たちは思った。

場面は変わって、住宅地の間にある少し大きな公園に移る。

新しくなったばかりらしい遊具と芝生があって、温かい時期であればベンチを縁台がわりにして近くの老人たちが将棋をしていることもあるらしい。だが、今はほとんど人気がない。

そこに、若い男性が一人、うずくまる様にベンチに座っていた。私たちは冷たい風に身を竦めるようにしながら彼に使づいていく。

―― 高橋さん?

私達の呼びかけに男性が顔を上げた。顔の半分を隠したまま頷く。

―― ここ、寒くないですか?

「……いつもいますんで」

―― いつもいらっしゃるんですか?寒くありません?

「……寒い……かもしれないですけど、基本、雨とか降らなかったら大体……」

―― なるほど。座ってもよろしいですか?

「寒いですよ……?いいですけど」

同意を得てから場所をあけてくれた彼の隣に座る。

高橋純一さん(仮名)

彼は今、勤務していた職場には通っていない。昨年から休職のまま、3月をめどに退職する予定でいる。次の仕事はまだ決まってはいない。

―― ここにいて大体何をされてるんでしょう?

「……何かをしてる、っていうことはないです。ただ……、すごく考えてます」

―― いつ頃からここにいらっしゃるようになったんでしょう?

「秋から……、いや、夏からかな。初めは、家にいるのも嫌で、外とかかわる場所にいたくて、でも……」

言い淀んだ彼の理由を聞いていた私たちは、その先を追及することはない。
彼の職業は消防士である。

配属になって2年目。真面目ではあったが、やる気に溢れていたわけではない。就職難の中、公務員ならと親に勧められて応募したなかで受かってしまったらしい。
体力に自信があったわけでもなく、辛い訓練を何とか乗り越えて、ようやく配属になったばかり。そんなところで、ある日、朝起きられなくなった。

自分でもおかしいなと思った。初めは寝坊だと思ったのだ。そこから、一気に何かが崩れた。

―― 次のお仕事を探されたりはしないんですか?

「探してないですね。今は……。今の自分には、できる仕事はないと思っているので」

カメラがとらえたその目は、どんよりとしていて何も見ていないように思えた。

彼の心の中が今、どうなっているのか、探ってみたくなった。

 

 

~次回、第二回 理想と現実の狭間

投稿者 kogetsu

「制服シリーズ 特集『制服を脱ぐ人たち』第一回」に2件のコメントがあります
  1. いつも思うんですが、「制服シリーズ」や「明日きらり」など お話を読んでいると映像化されないかなぁ~なんて思いながら 頭の中妄想しています。

    1. マコ様
      あはは、いつでも映像化OKですよ!!そしたら撮影現場に見に行きます~。
      そんな妄想ならいくらでも!

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